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私の決断は、両親の反対を押し切ってネイリストの道を選び、ネイルサロンを開いたことです。

私は幼い頃から「いい大学に入っていい会社に入ってほしい」という両親の期待を受けて育ちました。それは父が幼少期に片親を亡くし、6人兄弟で決して裕福とは言えない環境の中、高卒ながら大手企業に入社。努力で出世を重ねていった経験からくる親心でした。そんな父は私の自慢でしたが、それでも私は敷かれたレールの上を歩く人生は嫌だった。明治学院大学経済学部卒業後は美容業界で働きたいと考え、当時まだ数の少なかった都内のネイルスクールへ。ネイリストとして働き始めました。

その後、52カ国で通用するネイルの国際国家資格を取得するため、オーストラリアへ。現地の美容大学で日本人初の留学生という道を拓いてさらなる経験を積み、2009年、28歳で満を持して神奈川県茅ケ崎市で独立開業。2階建ての古民家物件だったこともあり、ネイルサロンとネイルスクール、そして子ども服を取り扱う店舗をオープンしました。

ところがオープン直後に第2子の妊娠が発覚。ネイリストの確保が難しく、産後1カ月でスピード復帰することに。夫は居酒屋経営のため、基本的にワンオペ育児。ネイルや洋服の仕入れなどを考えながら2人の子どもを育てる苦しい日々が続きました。

そこで2012年、「子どもが熱を出してもサロンを休めない」という状況を打破し、よりよい空間で顧客満足度を向上させるべく、自宅にサロンを移転しました。2021年には「これまでの自分の経験を多くの人に伝えることで、かつての自分と同じように困っている人たちを1人でも救いたい」とオンライン講座を開始。ネイルサロン経営10年以上、コロナ禍に売り上げは右肩上がり、全国平均客単価の3倍以上という価格を実現してきた実績から、ネイルサロンの集客、ファンづくり、経営手法、カウンセリングなどを経営講座でお伝えしています。

親の反対を押し切って飛び込んだネイルの世界。何度も辞めたいと思ったけれど、「この世界でがんばれたよ!」と証明したくて何とか続けてこられました。ネイルは一部の美容好きが楽しむためだけのものではありません。コンプレックスを克服するため、老後の楽しみの一つとして、さまざまなシーンで人々の笑顔を生み出しています。ネイリストとお客様、どちらも幸せにしたい。私の挑戦はまだまだ始まったばかりです。


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