水田 陽

28歳のとき、映像ディレクター兼ライトノベル作家になりました。

母が読者家だった影響で、幼い頃から本を読むのが好きでした。中学校に入るとBUMP OF CHICKENやELLEGARDENなどのバンドブームが到来。中学2年生からギターを始め、高校では軽音楽部に入部。オリジナル楽曲でライブ活動を始めました。大学進学後は軽音サークルではなく、高校時代の先輩たちと本格的に学外でバンド活動をするように。自分でもメンバーを集めてバンド活動をしていましたが、人が集まるとトラブルも頻発。そこで22歳になる頃には友人と2人でボーカロイドを使って音楽活動を始め、ニコニコ動画で映像をアップするようになりました。

とはいってもライブハウスが主戦場だった自分たちには動画の作り方もレコーディングの方法もわかりません。楽器の収録は知り合いのバンドマンに依頼し、映像やロゴ制作は自分たちで制作してみることに決めました。実は父がデザイン関係の仕事をしていたのでデザインソフトや映像編集ソフトが自宅PCにインストールされていることを知っていたのです。見よう見真まねでMV制作を進めながら、趣味で培った技術を生かし、映像制作会社でアルバイトをする日々。しかしそこそこ収益を得られるものの、爆発的なヒットにはなりません。そうこうしている間に世間はコロナ禍に突入。映像制作会社での仕事が完全にストップしてしまいました。

仕事がなくなり、音楽活動もできません。家に引きこもったまま誰にも会えない状況が続き、「このままだと腐る!」と危機感を覚えました。何か新しいものに挑戦したいけれど、何かを始めるにしてもそんな資金はどこにもありません。

――そうだ、小説ならパソコンがあれば書ける!

それまで一度も小説を書いたことなどなかった28歳の僕は、2020年7月から始めて9月には300ページを書き上げていました。せっかく書いたので誰かに読んでほしいと思いましたが、友人に見せるのは何だか気恥ずかしい。何かないかと考えていたところ、ライトノベルには新人賞というものがあることを知り、同時に小学館のガガガ文庫が開催する新人賞の応募〆切が9月末であることを知ったのです。コンテストなら2~3人は読んでくれそうだと考えて応募。大きな仕事をやり切った気持ちになり、今度は現実に戻って安定した職に就こうと就職活動を開始しました。2~3社内定を獲得した12月、前職で仕事を手伝っていたA&L Projectの國府島社長に、「興味があったらおいで」と言われて「それならぜひ」と就職が決定。2月1日の入社で、それまでは業務委託契約で働けることとなりました。

就職も決まってほっとしていた年末のある日、突然小学館の担当者からメールが届きました。最終選考に残っているので一度打ち合わせさせてほしいとのこと。応募したことすら忘れていたので「そんなことがあるのか!」と驚いたのも束の間、年が明けて早々には 小学館ライトノベル大賞にて自身初の著作『ロストマンの弾丸』が優秀賞を受賞していました。

担当の編集者さんからは「これからプロとして頑張っていきましょうね!」とにこやかに言われましたが、僕自身はうれしいやら当惑するやら。「とにかく社長にこのことを言わないとまずい!」と考え、「転職中に小説を書いていたら優秀賞を受賞してしまったのですが、副業は問題ないでしょうか……?」と恐る恐る尋ねたところ、最初は「は?」と言われましたが「本業に差しさわりない範囲で頑張って」と何とか承諾を得ることができました。実はA&L Projectはゲームや漫画の宣伝広告を請け負っており、業界としての親和性があったのです。

こうして2021年2月、28歳のときに広告映像ディレクターと小説家という二足のわらじで生きていくことを決意。人生ここからがスタート。何が何でもこれにしがみついていこうと決めました。

いまでは副業の人脈を生かしてガガガ文庫のプロモーションムービーの制作も手掛け、自社制作のTikTokの縦型動画ではかつてバンド活動をしていた頃の楽曲を使用することもできました。フルリモート勤務が許されているので、自宅で3時間映像を作っては2時間小説を書いて、と気分を変えながらずっと仕事を続けているのがいまは本当に楽しいんです。

小説×映像×音楽で1人メディアミックスを実現できたので、これからもさまざまなジャンルの掛け合わせで面白いものを作っていきたい。それぞれが起点となって価値を高め合う、そんな理想的なクリエイティブの輪を作っていきたいと考えています。


著書『ロストマンの弾丸』 AMAZON

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