太田猛也

2025年50歳の誕生日、今後世の中から剥落事故をなくすという取り組みに全力投球していくことを決めました。

2歳のときにがんで母を、6歳のときに父を自死で亡くしました。その後、祖父母に預けられましたが、それぞれ8歳、12歳で他界。親戚の叔母に引き取られて高校に進学しましたが、ガソリンスタンドでアルバイトを始めると、1日2時間しか働いていないにも関わらず社員よりも売り上げが良かったことから「社会適応力がある」と手ごたえを感じるように。この頃、松下幸之助氏の書籍を読み漁り、病弱で小学校も卒業していなかった彼が著名な経営者として名を馳せたことを知り、「最終学歴は関係ない。1人立ちして経営者になろう」と決め、16歳で高校を中退、家を出ました。

建設業で職人としていずれ独立したいと考え、地元の建設業の派遣会社で働き始めますが、そこで恐るべき社会の裏側を知ることになります。現場は日によって異なり、足場の解体作業や新潟県の柏崎刈羽原子力発電所の7号機建設現場などさまざまでしたが、大変だったのは人間関係のほうでした。上司に毎日暴力を振るわれ、両手両足を縛られたり目にラー油を入れられたりと壮絶ないじめにも遭いました。早々に職人になる夢を諦めたのです。

代わりに始めた一般住宅の換気扇フィルターの訪問販売の仕事で営業力を身に着け、21歳のときに独立。個人事業主として創業し、商材は換気扇フィルターとハウスコーティング。1日1000件以上訪問することもありましたが、本を読んだ程度で経営のノウハウがわかるはずもなく、13年間、部下を育成できませんでした。その主な理由は「独自性がない」ためでした。当時のコーティング素材は耐久性能が低く、長くはもたないのが常識でした。そこで近い将来買い替えが必要となることを正直に伝えながら販売していたのです。すると信頼はされましたが、商品を私以外は売れず。まったくうだつの上がらぬ日々が続きました。

2002年4月に株式会社イープレイス設立。その頃には競合他社が耐久性の高さよりも保証の長さを売りにして「20年保証」「30年保証」をつけて商品を売り出すようになっていましたが、それでも自社では変わらず「この商品にはそんなに耐久性はない」と本当のことを伝えて販売を続けていました。私から言わせてみれば、当時のフロアコーティング業界は「長くもたないのに長くもつ」と都合のいいことを言って商品を売りつける悪徳業者ばかり。そんな中にいれば我々がお客様から信頼されるので、合い見積もりを取っていただければ勝てていました。大きく儲からなくても本当のことだけ伝えることにこだわって営業を続けていたのです。

そんな中、2009年頃、炭素を含まない理想的なコーティング剤に出会いました。この新素材はまさしく私たちが長らく待ち望んでいた本物の耐久性を備えた画期的な新素材でした。東京ビッグサイトで開かれていた塗料メーカーの展示会に3日間通いつめ、製造元の社長に「是非当社で卸させてほしい」と懇願しました。私には「この商品は当社にしか売ることができない」という確信があったのです。

これまで一般的だったウレタン素材は炭素を含むため劣化・酸化して、黄色に変色してしまいます。「だから長くはもたない」と言い続けてきたのは当社だけです。この新素材の強みを誰よりもわかっているのは自社だけだと口説き落としてオリジナル商品「EPCOAT(イーピーコート)」を開発。実際に販売してみると、面白いほどに売れました。十数年間「この素材ではもたない」と言いながら販売してきた会社が、はじめて「この素材なら長持ちする」と言うんです。決定率や決定単価も圧勝。業界ナンバーワンに躍り出ることができました。

この転機が、後の新規事業への布石となります。「EPCOAT」で床のコーティングに成功した私は「コーティングで社会課題を解決したい」と思い立って調べ始めると、外壁の剥落という深刻な社会課題が浮かび上がってきたのです。

劣化により壁材が剥落する事故は近年増加しており、1990年代以降は新築でもわずか数年で剥落事故が発生しています。ドローンでの外壁調査が可能になったことで、ドローン調査×特殊コーティングの力で社会課題を解決することができると実感。2025年50歳の誕生日、今後世の中から剥落事故をなくすという取り組みに全力投球していこうと決めました。

まずは3年でドローン調査事業ナンバーワンを目指します。短期的には既存の住宅の壁の補修を通じて安全に寄与し、長期的には新築で特殊コーティングを施すことで剥落を未然に防げるようにしていきたい。やっと対症療法を見つけた私たちですが、今後は剥落事故の根治治療に努めていきたいと思います。

(構成/岸のぞみ)

株式会社ジェブ ホームぺージ

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