29歳で始めた
不動産会社でのボランティア
――まずは現在の業務内容についてお聞かせください。
茅原郷毅氏(以下、茅原氏):私はNTT西日本のグループ会社のNTTビジネスソリューションズに所属しており、2023年に新設されたエンタープライズビジネス営業部門で新領域分野に特化したマネージャーを務めています。エンタープライズビジネス営業部門では、広島県内にある大企業や中小企業、テレビ局、官公庁などに向けて、ゼロトラスト等のセキュリティサービスや生成AI、DX(デジタルトランスフォーメーション)、自動運転、SNSリクルーティングといった社内外のソリューションを提案しています。
――越境活動を始めようと思ったきっかけはどこにあったのでしょうか?
茅原氏:そもそもの始まりは高校卒業後、大学に進学せず土木会社で勤務したところから始まっています。軽トラックで作業着を着て現場に向かい、コンクリートを砕くような土木作業を担当していました。ところが工事現場の工程管理は基本紙ベース。その書類に記されていた情報が古いせいなのか、現場に行ってみると図面と違う、聞いていた話と違うということが多々ありました。
なかなか現場に正しい情報が落ちてこない。自社の現場の課題に気が付くとともに他の現場ではITを使った効率化が進んでいることを知った私は、土木のようなアナログな業界がITによってどれぐらい変わるのかに興味を持つようになりました。その結果、ITを学ぼうと広島大学工学部情報工学科に進学して、大学卒業後は通信に関わりたいと考えてNTT西日本に入社しました。
29歳のとき、懇意にしていた不動産会社の担当者が独立するというので、仕事を手伝うようになったんです。といっても当時はNTT西日本グループでは副業を認められていなかったので、すべてボランティア。父が住宅の建築設計技術者だったこともあり不動産業界が好きだった私は、店舗にインターネット回線を引いたり、Wi-Fi環境の整備をしたり、社内で使うツールの相談に乗ったりもするように。そんな中、会社での副業が解禁されたこと、2022年に約20年ぶりとなる宅地建物取引業法(宅建業法)の改定があり、オンラインでも業務ができるようになったことを機に、何かこの業界の課題解決に役立つビジネスを始めることはできないかと考えるようになりました。
宅建士と不動産会社の
マッチングサービスを開発
――その後、どのように越境活動を進めていったのでしょうか。
茅原氏:実は私はNTT西日本に入社した当時から新事業の立ち上げを志望しており、2020年頃からグループ会社のNTTメディアサプライで新規事業の責任者として新サービスの立ち上げを手掛けてきました。
NTTとは別で検討していたアイデアが経済産業省主催の次世代イノベーションの担い手を育成する「始動Next Innovator 」に採択。その後、OSAKA INNOVATION HUB(以下、OIH)主催のミライノピッチ というビジネスコンテストでOIH賞を受賞。「大企業にいながらも、個人として挑戦できる文化を示したい」という思いを糧に、このアイデアをブラッシュアップする形で2023年4月に個人として株式会社SKILL SPARK(スキルスパーク)を創業しました。その後、JETRO(日本貿易振興機構)からJ-StarX認定を受け、シリコンバレーへ派遣される機会を得ました。現地ではGoogleやNiantic(ポケモンGOの開発会社)など、世界のトッププレイヤーと議論し、スピード感と発想力の違いを痛感するとともに、ビジネス研修やセミナーなどに参加して知見を広めていきました。
不動産会社では社員の5人に1人は宅建士の資格取得者が必要となるのですが、人材の流動が激しく、業界内で宅建士を取り合う状態が続いていました。宅建士の資格取得者は国内に120万人もいると言われていますが、そのほとんどは金融機関や大企業の金融部門の所属者や出産を機に離職したワーキングマザーなどで、不動産会社には3割ほどしか在籍していないと言われています。そこで私はこの眠った人材を活用しながら、「不動産業界の“人”を主語にするサービスをつくりたい」と考えました。こうして生み出したのが、宅建士と不動産会社のマッチングプラットフォーム『SKILL SPARK』でした。
――具体的にどのようなプラットフォームなのでしょうか。
茅原氏:「SKILL SPARK」は、Web3*の技術を活用して、不動産業界の生産性向上と不動産契約の効率化を目指す業界初のプラットフォームで、重要事項の説明に特化したWeb会議システムや宅建士のスポット採用を可能にします。
*Web3:ブロックチェーン技術を基盤とした分散型インターネットのこと。中でも今回はデジタルデータに唯一性を与え、所有権を証明することのできるNFT(非代替性トークン)という技術を核としたサービスを展開した。Web3で自動判定した「スキルNFT」を個別に発行し、企業と宅建士の類似性や価値を判定してマッチングするタレント管理システムを導入することで、宅建士の勤務実績やスキルを見える化し、スムーズかつ信頼性の高い取引の実現に貢献している。
ビジネスモデルを模索していく中で、投資家の方に「競合他社にまねされないような模倣困難性が必要だ」と言われたことがきっかけでWeb3の技術を生かす方向に軌道修正。その結果、大阪産業局が主催する「大阪トップランナー育成事業 」や「スタートアップ・イニシャルプログラムOSAKA 」で認定されるなど、多方面で評価していただくことができました。
2025年4月に試験運用を開始したSKILL SPARKは現状数十社の登録者数があり、現在は正式運用手前のシード期にあります。マネタイズについては試行錯誤中ですが、さらなるブラッシュアップを図っていきたいと考えています。
――越境活動を進めるうえで最も苦労したのはどのような点でしたか。
茅原氏:事業コンセプトが先行しすぎて、業界の方からお叱りをいただいたことがありました。不動産会社はコンビニよりも多い全国13万社が存在して成り立っているのが宅建業界です。私は1人のユーザーとして不動産業界の中間構造をぶっ飛ばしたいというビジョンを持っていたので、はじめにそのコンセプトを携えて宅建協会の会長に話をしに行ったところ、「僕たちの協会を潰す気か!」と大変なお叱りを受けてしまいました。
そこで不動産会社が事業を拡大しやすいようなサービスを生み出す方向、すなわち「不動産取引のオンライン化によるポテンシャル解放」というビジョンに大きく舵を切ることになりました。
また、不動産会社の属人的な業務内容を効率化することそのものの難しさもありました。不動産会社の業務をITで効率化するといっても、不動産会社は1店舗あたり3.6人ほどの人材で業務を回しています。WEB会議ツールや契約書アップロードサービス、ファイル共有サービスなどを1つのプロダクトで完結させるのが効率的ですが、少人数で運用されているからこそ、会社ごとの属人的なルールが無数にあり、多くの会社に最適となるような業務フローを1本化して整理していくのはかなり骨が折れました。

大阪トップランナー育成事業で講演する茅原郷毅氏。株式会社NTTビジネスソリューションズ 広島ビジネス営業部 エンタープライズビジネス営業部門 マネージャー。2012年にNTTビジネスソリューションズに入社。2024年度E-1グランプリにて「宅建士と不動産会社のマッチングプラットフォーム『SKILL SPARK』」と題して活動内容を発表。優秀賞を受賞した
顧客視点・ビジネスマインドを身に着け
本業のサービス開発に生かす
――実際に越境活動に挑戦してみてご自身の中で何か変化はありましたか。
茅原氏:「顧客ファースト」の思考になったというのがいちばんの変化かもしれないですね。NTTグループは会社のブランドや長年培った実績のバリューがあるため、一社員として顧客の生の声を聞く機会が非常に少なかったと感じています。
でも新しく立ち上げた自分の会社では、知名度も実績もないため、サービスそのものや価格すべてにおいて、より顧客のニーズに沿うものをつくらなければ売れません。「何のために導入する必要があるんですか?」「なぜこの価格なんですか?」という質問への明確な根拠が必要であり、顧客の課題を真剣に突き詰めていくマインドを学ぶことができました。
また、自分が実現したい世界観がどれだけいいものであったとしても、100人のうち10人を幸せにするサービスではビジネスとしては成り立ちません。幅広い層に受け入れられるサービスを主眼に置くにはどうすればよいか、確実に収益の上がる製品やサービスをつくっていくにはどうするのか、どのように市場を取っていくべきか、シビアなビジネスマインドも身に付きました。
社内では「そういう活動もしているんだ!」「何か一緒にできることはないですか?」と声をかけられることが増え、隠れた仲間を知ることができたこともよかったと思います。現在の部署では部下が12人いるのですが、自分がロールモデルになることで若手が「大企業にいながら起業もできるんだ!」と感じてモチベーションが上がっているのでそういう意味でもよかったなと感じます。
――最後に越境活動を始めてみたいと考えている人たちへのメッセージをお願いいたします。
茅原氏:1人でできることは限られているので仲間に意識を向けることが大切です。そして仲間を集めるためには明確なビジョンが必要だと思います。挑戦するために、まずは目的意識を持つことから始め、ぜひ社外でも通用する人間になってほしいと思います。私自身も、SKILL SPARKでの活動を通じて、今後、宅建士のマッチングだけでなく、不動産取引の可視化や新しいスキーム構築により、「人の資格が生む新しい価値経済」を実現していきたいと思います。
Q.越境活動、ひとこと失敗談
Q. 越境活動で出会ったおもしろいこと、もの、ひと
Q. 越境活動の思い出のひとコマ








