太田さんショート

2022年、総額2億5000万円の融資を受け、徳島市に認可保育園を開業しました。

地元徳島県の厨房機器メーカーで出会った同僚と結婚し、30歳で妊娠しました。ところが、妊娠6カ月目にお腹の中の子どもが「水頭(すいとう)症」と診断されます。水頭症は、脳に髄液(ずいえき)が過剰に貯まり、脳機能障害を起こす病気です。定期の妊婦検診のエコー検査で、突然の宣告でした。先生から病名を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になりました。

日本で法的に中絶が認められているのは22週と0日ですが、病気がわかったのは、22週と5日。中絶する選択肢は残されていませんでした。それも、病院の都合で検診日が1週間延期されていたのです。もし予定通りに検診を受けていたら、私は生むか中絶するかの決断を迫られていたことになります。正直、先生に写真を見せられたときの衝撃を考えると、いま息子はこの世にいなかったかもしれない、と思います。

「水頭症」という病名も知らなかった私は、家に帰ってすぐにインターネットで調べました。出てくるのはネガティブな情報ばかり。しかし、インスタグラムで「#水頭症」と検索すると、水頭症の子どもを持ちながら元気に生活している家族のアカウントを見つけました。絶望のどん底から見えた、一筋の光でした。すぐにダイレクトメッセージを送り、話を聞いてもらううちに、少しずつ心が癒やされていきました。

2017年7月、息子は一般的な子どもの2倍ほどの頭の大きさで生まれてきました。すぐにNICU(新生児集中治療室)に入り、生後3カ月までの間に2回の手術を経験。継続的なリハビリが必要で、大変な育児になることは分かっていましたが、当初は1年間の育休が明けたら仕事に復帰するつもりでした。ところが、地元の6つの保育園からすべて入園を断られてしまいます。水頭症の子どもは、「前例がない」「リスクがある」という理由からでした。

悔しさと悲しさで再び絶望的な気持ちになりました。そんなときにテレビで自ら保育園を立ち上げた女性の特集を見て、「そうか、保育園がないなら自分で作ればいいんだ」と思いつきました。

保育士資格の勉強をしながら、周囲に「起業したい」と伝えることから始めました。人脈をつくるために「100組撮影プロジェクト」を考案。私自身、息子と一緒に写真を残したかったけれど、頭の形を気にして写真館には撮りに行けなかったんです。同じような境遇の親子はきっといる。そんな親子の写真を残したい、と思いました。広がった人脈を頼りにクラウドファンディングで約200万円の支援をいただき、発達障害や知的障害のある子どもにリハビリを提供する児童発達支援事業所「おやこ支援ゆずりは」を開業しました。2020年には重度心身障がい児を預かる「ゆずりはplus(プラス)」を設立し、一歩一歩、夢を実現させていきました。

最大の目標は、障がい児を預かる保育園を作ることです。利用者の金銭的な負担を減らすために、どうしても認可保育園にしたいと考えました。しかし、認可保育園は土地建物は自己所有が条件となり、多額の資金が必要でした。
「融資を受けて、土地を購入する」
そう決めたときは、恐怖で体が震えました。でも、先輩経営者やアドバイザーの協力を得ながら事業計画書を何度も何度もブラッシュアップしていくうちに覚悟が固まっていきました。

香川県の銀行から1億9500万円、次いで徳島県の銀行からも2500万円の融資が決まり、総額2億2000万円の融資を獲得。徳島市内に560坪の土地を購入し、田んぼを整地するところから始めて、2022年4月にゆずりは保育園を開園しました。医療スタッフが常駐し、同じ敷地の中に、リハビリ、保育、医療支援などが入っているのが特徴で、このような複合施設は全国初です。
私は、障がいのある子どもが生まれても、絶望しない社会にしたいんです。そのために必要なのはインフラです。日本に保育と医療が連動した場所がもっと増えたら、子どもが安心して過ごせるだけでなく、親も自分の人生を生きられます。

ゆずりは保育園には、障がい児と一般の子どもが一緒に通っています。障がいに対する偏見や差別のない子どもが育てば、日本はもっとやさしくてあたたかい社会になると思います。パキスタン人のスタッフに教えてもらったのですが、イスラム教の教えでは、「障がいは神からのギフト」だとされ、周囲の人の人生を輝かせてくれるものだと考えるそうです。私も、大変なことも多かったけれど、息子が生まれてきてくれたおかげで起業し、視野も大きく広がりました。人生が豊かになったと心から思っています。

(構成/尾越まり恵)

ゆずりは保育園 ホームページ

おすすめの記事