國府島 誠

30歳でフリーランスとして独立したことです。

幼い頃から好奇心旺盛で活発。2歳の頃からピアノをはじめ、小学校高学年では早めにきた反抗期の影響なのか、ロックバンドに目覚めました。スタジオの張り紙で募集のあったバンドに誘われて「ベースをやりなよ」と言われたことを機に、お年玉でベースを購入し、バンド活動を始めました。

一方、中学校に入ると、バスケットボール部でキャプテンを務めながら、アイスホッケーのクラブチームにも所属し、全国大会にも出場しました。アイスホッケーの推薦で東京の高校に進学し、インターハイ・国体にも出場。ところが高校1年生の終わり頃、楽器店が主催しているイベントでEARTHSHAKER(アースシェイカー)の甲斐貴之氏と出会ったことを機に、アイスホッケーを続けていてもプロリーグもなく就職もできないと考え、弟子入りを決意。芸能活動のできる高校に転学し、さまざまなアーティストの全国ツアーについて行ったりレコーディングを手伝ったりしながら仕事として音楽活動を本格化させました。

高校卒業後、カナダのトロントへ。英語も話せず何のつてもありませんでしたが、語学学校に通いながら、オーディションに応募。グラミー賞のVoting Memberのバンドに一発合格し、そこからはカナディアンアイドルの音楽監督オリン・アイザック氏のプロデュースするアーティストのバンドや飲食店などでベースを弾いて暮らしました。「言葉が話せなくても才能があればこんなによくしてもらえるんだ」と楽しい時代を過ごしましたが、裏切りにも遭い、アーティストビザが延長できないことがわかって音楽の道で生きていくことを断念。25歳で帰国しました。

学歴と職歴がない中でどんな仕事に就くかと考えたとき、広告代理店なら出世できるのではと感じて面接へ。就職面接の常識がわからなかったのでサングラスに革ジャンで臨みましたが、「ニューヨークの乳がん患者のチャリティーイベントでオークションの運営・ライブをして2億円を集めた」といったエピソードのパンチの強さを評価され、無事入社。テレアポのアルバイトから入りましたが、次第に営業を任されるようになり、親会社に異動となってセールスプロモーションチームのアシスタントディレクターとして働き始めました。

休日返上で働き、2度の社長賞受賞という実績を上げましたが、当時の職場は個人の貢献が必ずしも正当に報われる環境ではありませんでした。また手取りも月額17万円程度という厳しい状況。将来に不安を覚えるようになりました。独立しかないだろうと思っていた矢先、大手外資系クライアントから声をかけていただくことができ、週3日午前中出社で月額25万円の業務委託契約を1年間継続してくれるというので、30歳でフリーランスとして独立を決意しました。

すぐに法人化しなかったのは、自分が組織を作ったり社長を務めたりする器ではないと思っていたから。なぜなら過去にキャプテンやリーダーを務めた際、自分にも他人にも厳しく「なんでできないの?」とつい言ってしまい、うまく関係性を築けなかったためです。しかし実績ができると紹介で案件が増加。社長になる覚悟はなかったものの、面白い仲間やクライアントに恵まれ、人気ゲームのイベントや大手企業のCMを手がけるセールスプロモーションの会社として33歳でA&L Projectを設立しました。

1人のほうが気楽ですし、組織を率いていると胃がキリキリすることもありますが、チームや組織をつくったからこそ受けられた仕事もたくさんあります。「個の才能を尊重する」という組織づくりに舵を切り、自分に依頼される仕事をメンバーに振り分けるだけだった仕事の仕方も見直し、自分自身がIPを作ったり、事業投資をしたりしながら組織もメンバーの未来もつくっていきたい。高品質な「縦型短編映画」の制作やe スポーツを通じたコミュニティづくりなど新しいことにも挑戦していきたいと考えています。近年増えてきたコンサルティング業務の拡大や政治活動など挑戦してみたいことは山積みなので、これからも自分の信じる道を進んでいきたいと思います。

(構成/岸のぞみ)

A&L Project株式会社 ホームぺージ

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