
私の決断は、プレイヤーから管理職になると決めたことです。
人見知りで流されやすい性格で、医者を見たら「お医者さんになりたい!」、ケーキ屋を見たら「ケーキ屋さんになりたい!」と言うような子どもでした。やりたいと強く思えることはなかったので、中高時代は友達とマックに行ったりカラオケに行ったりするのが好きな普通の生徒。短大では人間の心理や考え方に興味を持ち、文学部心理学科を選びました。カフェや居酒屋でアルバイトを始めるとお客様が喜んでいるところを見るのが嬉しく、接客や営業など、人と関わる仕事に就きたいと思うようになりました。
卒業後はアパレルショップに就職し、入社初年度に全社200人の中で売上1位を獲得! 2位とは100万円以上の差をつけての圧勝でしたが、ボーナスはたったの3万円でした。さまざまなお客様と親しくなる中で「うちの会社を受けてみない?」と誘ってくれたのが、のちに上司となった人でした。
23歳の秋、医療業界に特化した人材マッチング事業を手掛けるMRTに入社し、パソコン操作もおぼつかない中で営業事務から仕事をスタートしました。私は営業が経験したかったのですぐに仕事を覚えて上司に交渉し、3カ月で営業部へ。営業部では非常勤医師のアルバイト求人を斡旋していきます。
医療知識も営業経験もなかったので最初の半年は苦労しましたが、「とにかく行動する」「レスポンスを早く」「諦めずに絶対に紹介先を決める」などのルールを自分の中に決めて徹底したところ、1年ほどで結果がついてくるようになり、2年で3度のMVPを獲得することができました。
2019年のサブリーダー就任を経て、2020年にはリーダーに昇格。10人ほどのマネジメントを担当するようになると、感覚的に実行してきた成功ノウハウをうまく言語化することができず、常にイライラするように。相手に伝えることが苦手なのだとわかってからは、自分の行動を細かく棚卸してチェック項目を設け、2年ほどかけて営業マニュアルを作成、仕組み化していきました。
28歳になる頃、シニアリーダーにならないかと打診を受け、戸惑いました。シニアリーダーは30~40名ほどのメンバーを束ねる管理職です。10名程度であれば1人1人に目が行き届きますが、シニアリーダーになると全国に5拠点もある支社の営業部をすべてマネジメントしなければいけません。少人数のほうが自分には向いているのでは、とも思いましたが、リーダー職となってから部下が成長してチームの成果を挙げられた喜びは、1人でMVPを取るよりもずっと嬉しいものでした。その思い出が最後のひと押しとなり、引き受けることを決めました。
シニアリーダー昇格後、常勤医師に医療機関を紹介する新部署を立ち上げ、同様の事業を担っていた子会社と新部署の統合も経験。実際にシニアリーダーになってみると、仕事を抱え込んでうまくさばけない社員、なかなか成長できない社員を見ているのもつらく、「正直、自分が担当したほうが早いのでは」と思うこともしばしば。しかし自分のライフステージが変わる可能性もゼロではありません。任せていかなければ自分がいなくなったときにチームが崩壊してしまいます。
1人ひとりのことを見ていると、数字が得意な人、分析が得意な人など、自分にはできないことができる人もたくさんいることがわかってきました。「自分だけの力ですべてを成し遂げることはできない、みんなの力を合わせて成功していくことが本当の成功なのだ」と視座を変え、課題を1つひとつ解決していきました。
2026年1月からはマネージャーに昇格。1年間の短期的な売上だけでなく、中長期的な売上の責任を持つ立場になりました。医師の単発スポットも定期非常勤アルバイトも業界ナンバーワンの売上を誇ります。今後は私が立ち上げた常勤医師の紹介についても認知度・売上ともに業界ナンバーワンに導いていきたい。シニアリーダーを引き受けたことは決して楽な道ではありませんでしたが、大切なお客様、そしてかけがえのないメンバーと成長していけたことは本当によかったと思っています。メンバーは私にとって宝物。大切な子どものような存在です。今後もみんなで業界ナンバーワンを目指して頑張っていきたいと思います。
(構成/岸のぞみ)MRT株式会社 ホームぺージ










