
2025年3月、十数年勤務した医療介護の職場を退職。知識ゼロから書店を始めることを決めました。
小中学生時代はおとなしく引っ込み思案な性格でした。数学や物理が好きだったので高校では理系を選択。剣道部に所属していましたが幽霊部員で、友人とゲームセンターに行ったり『ジャンプ』や『サンデー』などの漫画雑誌を読み漁ったりする生活を送っていました。卒業後は理系大学の受験に失敗したこともあり、親の勧めでリハビリ専門学校へ。人の役に立つ仕事に意義を感じる一方、具体的な仕事のイメージや覚悟をなかなか持てず、実習と学科の試験に落ち、留年。3年の課程を5年かけて卒業しました。
卒業後は作業療法士の資格を取得し、総合病院に就職。学生のときの責任感のなさを痛感しながら、仕事と勉強に励む日々が続きました。学生のときは「こんな知識、何に使うんだろう」と思っていたことが、臨床の現場では「あれもこれも必要」であることを痛感。終わりのない学びに四苦八苦しながらも、仲の良かった同期と切磋琢磨して成長していきました。
10年目に入ると老人保健施設へ異動となり、リハビリ部門の部門長として勤務。作業療法士としての仕事に加えて管理業務や他部門との調整ごと、後輩の指導などもこなすようになりました。忙しくて本当に大変でしたが、施設の理念に共感する仲間たちとともに働けることにやりがいや誇りを感じてもいました。
17年目、40歳になる頃、自分の中でそれなりに、「厳しい状況の職場を支えることはできた」という自負が芽生えていました。まだまだ立場上やるべきこと、個人的に取り組みたいことなども多くありました。しかし、生活環境を変えることへの興味や、自分の人生というスケールで考えたとき、「まだ体が動けるうちに自分の力を別の形で試してみたい」という気持ちが強くなっていました。
リハビリは技術職のため継続的に、自発的に学ぶ姿勢が必要な仕事です。また立場上、管理業務、他職種との連携、後輩の指導なども行っており、仕事に追われる毎日でした。周囲のスタッフからのフォローや愚痴を聞いてもらいながらも、頭も体も鍛えられ、成長してきたと思っています。そうして充実感はありながらも、自然に退職することへ意識が向いていきました。同じ仕事を長年続けることそれ自体よりも、リハビリという畑以外のことも見聞きし、体験したいという気持ちが強くありました。
一方、コロナ禍で街から人が消えた2020年頃から1人で行動することが増え、その頃から書店を巡って本を読むことが習慣になっていました。井上真偽さんや村山由佳さん、湊かなえさん、万城目学(まきべ・まなぶ)さんなどの小説家の作品はもちろん、書店という空間そのものも好きになりました。そこで、図書館司書の仕事を探したのですがなかなか見つからず、せっかく大きな決断をしたのだから、「自分で書店を開いてみよう!」と思い至ったのです。
十数年間、仕事が充実するとともに、苦労したこともたくさんあり、その分、問題解決能力やストレス耐性、課題を俯瞰して見る力などが身についたという自負をそれなりに持っていました。そのため、知識ゼロから始める書店でも何とかできるのではないかという具体的な根拠がない自信がありました。気分転換に一時の休職を提案されましたが、それも中途半端と感じていたので、2025年に思い切って退職することを決めました。
出版業界や書店業界が苦戦していることは知っていましたが、読書そのものの価値が下がっているとは考えていませんでした。開業に向けて、ゼロから出版業界の知識を学んだり、さまざまな書店を回って書籍の品揃え、お店の空間づくり、仕入れ方などを参考にしてきました。店舗は京都府城陽市にあるテナントに決めました。2フロアで1フロアあたり約10坪ずつあり、築50年のレトロな造りが残った内観が気に入りました。お店のコンセプト作りは時間がかかりましたが、「本を通じて知らない世界を眺める。そして自分の人生を眺める。」としました。これを元に本屋で『眺める』ことに、『ろまん』があるという意味を込めてこの屋号にしました。

書店ができるまでなどの記録を掲載したZINEも制作・販売している
立ち上げから1年弱。定期的に読書会を開催したり、インスタグラムで書籍を紹介したりと工夫を重ね、定期的に来店してくださる方や気さくに話しかけてくれる方も増え、少しずつ認知度も上がりつつあります。まずは「本」という選択肢をみなさんの生活に取り入れてもらうところから挑戦したい。これからもそのためにがんばっていきたいと思います。
2026年11月の読書会予定 眺望ろまん










