新卒でNTT西日本に入社した藤木位雄氏は、社歴が長くなるにつれてこの先のキャリアについて悩むように。そんな40代後半、研修を通じてホームレスの自立支援に携わった経験から社会課題に興味を持ち始める。さまざまな人と関わることで自分のやりたいことが明確になった。

キャリアに悩んでいた40代後半
研修で路上生活者の現状を知る

――まずは現在の業務内容についてお聞かせください。

藤木位雄氏(以下、藤木氏):現在はNTT西日本ルセントに所属しています。NTT西日本ルセントはNTT西日本グループの特例子会社として障がい者の活躍推進に取り組んでおり、私が担当する拠点ではグループ会社より主に通信設備系の関連業務を受託し、納期遵守で高品質を維持しながら業務を遂行しています。当社は全国約350名の障がい者の方々を雇用しており、担当拠点では精神障がい者、身体障がい者、知的障がい者など計37名が働いています。私はそこでセンター長を務めています。

――越境活動を始めようと思ったきっかけはどこにあったのでしょうか?

藤木氏:1991年に入社してから約30年、40代後半頃になるまでは、あまり変化を求めていませんでした。必要ないと思っていたんです。一方で、「このままでいいのだろうか」という漠然とした不安はずっと持っていました。そんな中、転機となったのが2017年に知人から誘われて参加した管理者向けの研修です。その内容は、各NPOが抱える社会課題に取り組むプロジェクト型研修。全部で3テーマあり、NPOの代表プレゼンを聞いてから参加プロジェクトを決定します。私が選択したのは、ホームレス(以下、路上生活者)の自立支援に取り組む認定NPO法人Homedoor(ホームドア)とのプロジェクトでした。

Homedoorの代表によるプレゼンで、「路上生活者は制度の狭間に取り残された結果、路上に出るしかなかった人々であること」、「知ったからには知ったなりの責任があること」などを知り、ハッとしました。路上生活者は、努力が足りないわけではなかったのです。自分の中にあった路上生活者のイメージが偏見であったと気付くとともに「自分にもできることがあるのではないか」と感じてプロジェクトへの参加を決めたのでした。路上生活者が多い地域に勤務(大阪・日本橋エリア)したこともありましたが、近くに困っている人たちがたくさんいたのに、意識しなければ目に入ることもなかったのだと大きな衝撃を受けました。

Homedoorでは路上生活者向けに雇用を創出するためのシェアサイクル事業(自転車をシェアするサービス)に取り組んでおり、その普及拡大に向けたテーマをプロジェクト参加メンバーで議論の末に決定し、活動を開始しました。このプロジェクトの参加者には社外から参加する社会人も含まれます。合意形成への不安がある中、自社の常識が通じない環境でゴールを目指して完走できたことは貴重な経験となりました。プロジェクト期間終了後も、Homedoorが関わる社会課題を知った者としてボランティアを継続し、相談対応や夜回り活動などを続けています。

シェアサイクル拡大のため
グループ会社を駆けずり回った

――具体的な越境活動の内容についてお聞かせください。

藤木氏:私たちがこのプロジェクトで取り組んだシェアサイクル事業に関する具体的なテーマが、大阪市内でのポート拡大(自転車を置く場所を広げる活動)です。ポート拡大によりシェアサイクル利用者が増え、路上生活者が対応できる仕事が増える仕組みとなっています。いまではシェアサイクルも普及しポートもたくさんありますが、2017年当時は大阪に10拠点ほどしかありませんでした。Homedoorが本事業に取り組まれたきっかけは、路上生活者が得意なことを聞き、生活の必需品である自転車修理が得意だったことから本事業を始めたそうです。

当時、プロジェクトメンバーは7名で、期間中に他メンバーの会社ではポートを設置することができましたが、NTT西日本でのポート設置は3カ月ではなかなか実現できませんでした。

――実現までに苦労した理由についてもお聞かせください。

藤木氏:NTT西日本が所有するビルの空きスペースにポートを設置したかったのですが、担当部署があるわけでもないため、承認を得るのに苦労しました。まずは土地やビルを管理している部署に相談したところ「権限なし」と言われ、その後、本社組織や関連組織に相談しましたが進みませんでした。最終的にたどり着いたのが地域本部で、事情を説明したところ、組織長からの承認を得ることができました。このときの喜びはいまでも覚えています。その後、事前相談を行っていた組織の方々には多大な協力をいただき、一気に準備が進みましたが最終的にポートを設置できたのはプロジェクト開始後8カ月(初期プロジェクト終了5カ月)経ってからのことでした。

ポート設置は社会貢献の一環として位置づけられ、土地使用料をいただかずに無償提供するという前例のないことでした。しかし、チャレンジできたことに充実感はあり、ポートオープン初日には組織長によるテープカットを実施。その模様をニュースリリースで発信するなど、大きなやりがいを感じることができました。結果、NTTビル10カ所に設置されたポートは、9年経った2025年現在でも活用され、Homedoorのシェアサイクル事業に貢献しています。

路上生活者の自立支援から障がい者支援へ
自分の興味に気づき、活動の場が広がった

――実際に越境活動に挑戦してみてご自身の中で何か変化はありましたか。

藤木氏:路上生活者の自立支援プロジェクトに関わったことにより、その後もさまざまな活動に興味を持って参加するようになりました。プロジェクト終了から2年後、プロジェクト運営を行っていた「NPO法人 二枚目の名刺」に繋がり、プロジェクト運営側として携わるようになりました。

最初に越境プロジェクトの支援者として関わったのが、障がい者支援を手掛ける「NPO法人 月と風と」とのプロジェクトです。当時は新型コロナの影響が出始めた時期でもあり、関わっている障がい者の自己肯定感の低下など、さまざまな課題があると聞きました。そこでプロジェクトメンバーがNPO代表と議論を重ねた結果、リアル開催のファッションショー「フクシナンデス」企画の実施を決めました。

私はプロジェクト伴走(サポート)役として携わっており、企画・運営を主導したのは、「障がい者や家族の自己肯定感を高めてもらいたい」と強く願っていたプロジェクトメンバーたちでした。衣装はアパレル会社から洋服200着を無償レンタルし、メイクは美容専門学校の学生無償ボランティアに協力を仰ぎました。撮影はメンバーの人脈でプロのフォトグラファーに無償で協力してもらうなど、さまざまな協力を得て不可能を可能にした瞬間でした。当日は公民館を貸し切ってレッドカーペットを準備し、プロに写真撮影をしてもらう本格的なファッションショーとなり、当日は100名近くの来場者を集めることができました。参加者の皆さんに大変喜んでもらえたことをとてもよく覚えています。

ランウェイを歩く障がい者の方々のうれしそうな顔やプロジェクトの企画に携わった社会人メンバーの喜んでいる顔に大きな手ごたえを感じるとともに、私自身はこの経験を通じて障がい者雇用にも興味を持つようになりました。

人と関わることが楽しいと感じるようになったことで、2021年からはキャリアコンサルタントの勉強を始め、翌8月には資格を取得。社員向けのキャリアコンサルティングを自ら企画し実践するとともに、本社のキャリアデザイン推進室の立ち上げ前に社内ダブルワークで半年間のキャリア面談トライアルにも関わりました。社外では現在も、NPO法人での活動や母校でアスリートのキャリアとメンタルサポートに関わっています。3年前には自ら希望し、現在のNTT西日本ルセントへの異動も実現しました。

越境型研修に参加した頃に抱いていたキャリアのモヤモヤは、社内外の越境活動が打開のヒントとなりました。自身の見える世界が広がって仲間が増え、人生が豊かになったと感じています。久しぶりに会った知人からは「あれ、そんな人だったっけ?」と言われることもあるんですよ(笑)。

藤木さん本文内

社内で談笑する藤木位雄氏。株式会社NTT西日本ルセント 関西支店 京橋第2センター センター長。1991年にNTT西日本に入社。E-1グランプリ2024にて「越境経験で広がる自身のキャリア」と題して活動内容を発表。優秀賞を受賞した


――最後に越境活動を始めてみたいと考えている人たちへのメッセージをお願いします。

藤木氏:私自身がそうであったように、ミドルシニア(中高年層)はキャリアに悩む人も多いのではないかと思います。スキルや資格を持っていてもどうしたらいいかわからず二の足を踏んでいる方も多いのではないでしょうか。

キャリアに悩む理由の多くは「挑戦してもうまくいかないかもしれない」という不安だと思いますが、一歩踏み出すことで見える景色が変わり、自分のやりたいこと自体もブラッシュアップされていきます。踏み出すといろいろな転機や出会いが訪れて、その機会を大切に真剣に取り組むことによってまた新しい転機や出会いが生まれていきます。

私はたくさんの偶然の出会いを前向きに楽しめたことによって、ここまでキャリアを広げてこられたと思っています。ぜひ失敗を恐れず、まずは一歩踏み出すことから始めてもらえたらと思います。

Q.越境活動、ひとこと失敗談 

A.Homedoorでの夜回り活動で路上生活の「おっちゃん」にお弁当を配る活動があるのですが、いつも通っているとだんだん仲良くなって、私が「最近仕事が忙しくて……」と弱音を吐くと、「そんなこと言ってないでがんばりや!」と逆に励まされてしまうこともありましたね(笑)。

Q. 越境活動で出会ったおもしろいこと、もの、ひと 

A.「NPO法人 月と風と」の代表の清田仁之(きよた・まさゆき)さんは元劇団員ですが、ボクシングの大会で優勝経験もある人で、多彩だなと思いました。障がい者支援に取り組まれる向き合い方に感銘を受け、この出会いがなければ現職は希望していなかったかもしれません。

Q. 越境活動の思い出のひとコマ 

A.母校の大学ラグビー部で毎年開催されるOB総会にて、現監督から学生のキャリア指向や取り組み姿勢に対しての課題を伺う機会があり、キャリアコンサルタント資格を生かし支援を申し出たことがきっかけで学生のキャリア支援にも取り組むようになりました。その活動を深めたい思いでアスリートキャリアに関する資格取得にも取り組み、スキルを高めています。関わった学生アスリートがスポーツに真摯に向き合えるようサポートしたい。そして社会人になってからも輝いてもらいたと考えています。

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