田代親世(たしろ・ちかよ)韓流エンターテインメント・ナビゲーター

韓流エンターテインメント・ナビゲーター 田代親世さん

2004年、ドラマ『冬のソナタ』に端を発し巻き起こった「韓流ブーム」から20年余り。ドラマや映画、K-POPなどの韓国エンターテインメントは、日本でも1つの文化として定着した。田代親世(たしろ・ちかよ)さんは、韓流ブームが起こる前から、韓国エンタメに注目し、その魅力をナビゲートしている。韓流と出会ったきっかけは、1997年の香港留学だった。前編では、「好き」を原動力に人生を切り拓いてきた田代さんが韓流に出会うまでの経緯について紹介する。

 20年以上にわたり、韓国ドラマや映画、ミュージカルなど韓国エンターテインメントの魅力を発信し続けている田代親世さん。自他ともに認める「エンタメ好き」の原点は、幼少期に遡る。

 「親が映画が好きだったので、家で映画を観る機会が多かったんです。子どもの頃は、好奇心が旺盛で面白い子だと言われていました」

 映画やドラマを見ているうちに、「女優になりたい」という夢を抱くようになる。

 「とにかくミーハーだったんです。西城秀樹さんに憧れて歌手になりたいと思ったこともあれば、小学生の頃はアニメの『宇宙戦艦ヤマト』にハマって、声優になりたいと思ったこともありました」

 高校時代までを過ごした名古屋から出て、大学は東京へ。3年生のときに本格的に女優を目指すために俳優養成所に入所した。

 「でも、いざ演じてみると、自分にはあまり向いていないな、と感じました。そんなときに、周囲の人たちに『あなたは愛嬌があるから、アナウンサーの方が向いている』と言われたんです。1人や2人ではなく、何人もの人に言われ続けたので、『そうなのかな?』と思うようになり、進路を変えてアナウンサー試験を受け始めました」

 アナウンサー試験に挑戦しているうちに、アナウンサーの仕事の魅力に気付き、本気で目指したいと考えるようになった。「受かるまで頑張ろう!」と、地方局もすべて受け続けたところ、岩手放送のアナウンサーとして採用が決まった。

 一方、海外映画といえばアメリカのハリウッド映画が中心だった田代さんだったが、大学時代に中国映画と出会う。

 「文化大革命の時代を描いた映画『芙蓉鎮(ふようちん)』を観て、衝撃を受けました。あふれ出るエネルギーや生命力を感じ、虜(とりこ)になりました」

 欧米とは違う、アジアの文化に触れる経験が楽しかった。就職後も毎月のように盛岡から東京に出てきては中国映画を観るような生活を送った。

そうだ、香港に住もう!

 岩手放送のアナウンサーとして、夕方のニュース番組や昼のラジオ番組を担当するなど、充実した毎日を過ごした田代さん。

 「アナウンサーの仕事は、最初は大変でしたが、慣れてきてからは『仕事』という感覚がないほど楽しかったですね。俳優のように違う誰かを演じて喜怒哀楽を表現するよりも、自分が感じたことを伝えることが好きなんだな、と気がつきました」

 順調にアナウンサーとしてのキャリアを積んでいたものの、5年ほど盛岡で生活していると、「日本の中心で情報を伝えたい」という思いが芽生えてきた。

 「東京で、フリーランスのアナウンサーとして、挑戦してみたい!」

 しかし、踏み切るには勇気が必要だった。

 「岩手で出会った人たちはみんな優しく、すごく居心地の良い環境にいました。恋人もいたので、盛岡に骨をうずめるのもありかな、と考えたこともあります。東京に出て行っても、うまくいく保証はありません。もう、日々逡巡です。体を壊すくらい悩みましたね」

 しかし、まだ20代、安定した環境に落ち着くには若かった。最終的には「やっぱり挑戦したい」という思いが勝り、退職を決意する。決め手は、「やらずに後悔するくらいなら、やって後悔したほうがいい」という思いだった。

 5年半の盛岡生活に終止符を打ち、東京へ。事務所に所属し、オーディションでTBSの情報番組のリポーターを勝ち取った。1年余りで番組が終了したのち、今度はテレビ朝日のプロデューサーにスカウトされ、報道を担当。事件があると札幌から沖縄まで、全国を飛び回る生活を送った

 ちょうど阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件など、日本で大きな事件が起こったタイミングだった。余震におびえながら神戸のペンションに寝泊まりし、山梨県上九一色(かみくいしき)村のオウム真理教のサティアン(宗教施設)に出向き実況中継する。取材で得た事実をきちんと伝えなければ、と使命感に燃えていた。

 「平成の大事件、大事故はほとんど現地に行ってリポートしたと思います。悲惨な事故現場を見て、被害者にインタビューする。充実していたものの、そんな生活が3年くらい続くと、やはり心身が疲弊していきました」

 過酷な日々を支えてくれたのが、エンタメだった。中国映画をきっかけに、香港映画の扉も開いた田代さん。恋愛映画『誰かがあなたを愛してる』に主演した俳優のチョウ・ヨンファさんに夢中になった
 好きな俳優が話す言葉を理解したくて、中国語を勉強したくなる。韓流ファンが韓国語を勉強するのと同じ流れで、田代さんも独学で中国語の勉強を始めた。

 「香港映画は、ロマンスもアクションも本当に面白かったですね。当時、俳優のレスリー・チャンさんを囲んでのディナーパーティー付きツアーがあり、参加しました。私自身、かなり香港映画が好きなつもりでいましたが、そのツアーの参加者は自分の比ではなく精通したファンばかりだったんです。『自分なんてまだまだひよっこだな』と大いに刺激を受け、そこから坂道を転がり落ちるように見事にはまっていきました」

田代親世(たしろ・ちかよ)韓流エンターテインメント・ナビゲーター

岩手放送のアナウンサー時代、香港映画に夢中になった


 明けても香港、暮れても香港。そんな生活を送りながら、田代さんは改めて気づく。

 「私はやっぱりエンタメが好きだったんだ!」

 折しも、1997年7月に香港の中国返還が迫っていた。

 「大好きな香港の返還を、現地でリポートしたい!」

 そう思ったら、居ても立っても居られなくなった。しかし、待っているだけではオファーは来ない。どうしたら夢を実現できるのか……。

 「そうだ、香港に住んじゃえばいいんだ!」

 岩手から東京に出てきたときとは違い、その決断に迷いはまったくなかった。

 「『そうだ 京都、行こう。』みたいなノリで決めましたね。報道の仕事に疲れていて、少し充電が必要だと感じていたのも大きかったと思います。何より、『香港が歴史的な瞬間を迎えるのに、こんなに香港のことが大好きな私がその場にいなくてどうするの!』という思いでした。いま振り返ると、どこにそれほどの熱量があったのだろうと思うのですが、必死に情報収集して、留学の手続きを進めていきました。『よく頑張ったな、自分』と思います」

財閥御曹司が登場する韓国ドラマに心を奪われる

 1997年7月、香港が中国に返還される日の朝、田代さんは日本の報道番組でその瞬間をリポートした。まさに思いの強さによって夢を現実のものにした瞬間だった。

一般社団法人スポーツコア 代表 川上優子さん

1997年、香港の中国返還の瞬間を日本の報道番組でリポート(写真提供:田代親世さん)


 1年8カ月の香港生活で、さらに田代さんの人生は大きく動いていく。韓国ドラマやK-POPの番組を紹介するため、15秒のナレーションをつける仕事の依頼を受けたのだ。ナレーション原稿を読み上げるうちに、韓国ドラマに興味を持つようになる。

 実は香港に行く前、たまたま契約していたアジアチャンネルで韓国ドラマ『愛をあなたの胸に』を見ていた。

 「御曹司が出てくるザ、韓国ドラマでした。はじめて韓国ドラマを見て、こんな世界があるんだ、と思ったのは印象に残っています」

 そのまますぐに香港に飛び立った田代さんだったが、帰国後に見たアン・ジェウクさん主演のドラマ『星に願いを』でついに韓国ドラマの沼に落ちた。

 「『キャンディ♡キャンディ』の実写版のようなドラマで、孤児のヒロインとお金持ちの御曹司、危険な香りを漂わせた歌手を目指す青年が登場します。この後、韓流ファンが夢中になった韓国ドラマの要素がすべて入っていたんですね。男性が去ったかと思うと戻ってきて女性に強引にキスをしたり、男性が彼女の涙を指でぬぐってあげたり、腕を引っ張って『こっちに来いよ』と抱き寄せたり………。きゃー、なんて素敵なの!と思って(笑)、一気に韓国ドラマにハマりました」

 それは、日本の「韓流前夜」と言えるタイミングだった。有料チャンネルでしか放送されていない韓国ドラマを見ている人は、日本ではまだわずかしかいなかった。「韓流」という言葉もまだない。田代さん自身も、このわずか3~4年後に日本中を揺るがす爆発的な「韓流ブーム」が起こるとは、想像もしていなかった。

(文/尾越まり恵 特記のない写真/齋藤海月)
プロフィール
田代親世(たしろ・ちかよ)
韓流エンターテインメント・ナビゲーター

慶應義塾大学文学部卒業。IBC岩手放送アナウンサーを経て、フリーアナウンサーへ。TBS、テレビ朝日の情報番組でリポーターを務めた後、中国・香港の中華エンタメにハマり、中国返還前の97年5月から99年1月まで香港中文大学に留学。帰国後は韓国のエンターテインメントに目覚めて取材活動を開始。2000年に出版した『韓国エンターテイメント三昧』(芳賀書店)をきっかけに、韓国エンタメのナビゲートの第一人者として活動開始。韓国ドラマや映画の解説、コメンテーター活動、韓流イベントでの司会のほか、新聞、雑誌、WEB、テレビなど幅広い媒体で活躍。2020年からは、韓流ファンが交流できる会員制コミュニティサロン「韓流ライフナビ」をスタート。

公式ホームページ
韓流ライフナビ
YouTubeチャンネル「ちかちゃんねる韓流本舗」


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