
韓流エンターテインメント・ナビゲーター 田代親世さん
1997年、香港の中国返還という歴史的な瞬間をリポートするため、香港留学を決意した田代さん。映画をきっかけに好きになった香港だったが、留学中に韓国ドラマのPRナレーションの仕事を手掛けた縁から、今度は韓流エンタメに魅了される。ブームが巻き起こる前から今日まで、大好きな韓流エンタメの魅力を発信し続けてきた。後編ではそんな田代さんの韓流人生を追っていく。

2004年から巻き起こった爆発的な韓流ブームは「想像していなかった」と振り返る
実はこの数日前、韓国観光公社が中心となり、田代さんをはじめ韓流エンタメに携わるマスコミの専門家が集められていた。目的は、本格的なブームになる前に「韓流」という言葉の呼び方を統一することだった。 もともと「韓流」という言葉は中国の新聞社が使ったのがはじまりだったが、中国読みでは「ハンリウ」、日本語では「カンリュウ」で、当時呼び方が統一されていなかった。韓国語読みの「ハン」と日本語読みの「リュウ」を合体させた「ハンリュウ」であれば、韓国・中国でも音として通じやすい。日韓両方の呼び名を合体させることで、日韓交流という意味でもピッタリだと意見がまとまった。そこから多くのメディアが「韓流(ハンリュウ)」という言葉を使い、結果的に言葉の統一がブームの定着に一躍買った形になった。 「当時の爆発的な韓流ブームには驚きましたが、私が好きな韓流コンテンツをようやく多くの人が見てくれた!という喜びが大きかったですね。それまで字幕がついていない韓国ドラマも多く、見るのに苦労していたんですよ。人気が出たことで、これからはもっと多くの作品を日本でも気軽に見られるようになる、と思うと嬉しかったですね」