亀井監督ショート

2006年、はじめて旅したモンゴルで「長編映画を製作しよう」と決断。僕のその後の人生を大きく変える旅となりました。

子どもの頃から映画が好きだったものの、チームで製作する映画の世界で生きていける自信がなく、1人でできる芸術分野に進もうと考え、大阪芸術大学から金沢美術工芸大学大学院まで、10年近く彫刻と向き合いました。

その後は能登の中学校で美術の先生をしながら創作活動を継続。空間造形(インスタレーション)を手掛ける中で、3~4分ほどの映像作品を制作したことをきっかけに、アートとしての短い映像作品も作るようになりました。

そんなある日のこと、金沢で行きつけの町場の寿司屋でいつものように食事をしていたら、隣に座った男性客が、ずっとトロを注文し続けているんです。石川県といえばブリが有名ですが、マグロは獲れません。
「変わってるなぁ」と気になって話をしてみたら、金沢大学に通うモンゴル人留学生とのこと。そこからガントゥルガ君(通称ガナ)と仲良くなり、お酒を飲みながら、いろんな話をするようになりました。
ガナは、首都ウランバートルの生まれで、子どもの頃は馬に乗ったことがなかったけれど、ある日、はじめて馬に乗って緩やかな丘を馬で駆け抜けたら、すごく気持ち良かった。もっと先の丘に行きたい、さらにもっと向こうの丘まで行きたいと思ったときに、はじめて自分はモンゴル人だと思った、と言うんです。

その話に衝撃を受けた僕は、一気にモンゴルに行ってみたくなりました。
2006年がチンギス・ハンのモンゴル帝国建国800周年で、イベントがたくさんあると聞き、そのタイミングでモンゴルの地に足を踏み入れました。
そして、はじめてモンゴルの伝統音楽「ホーミー」※と出会います。アドリブで自由に音を出しているように見えるのですが、実際には曲を演奏しているとのこと。そのことにすごくビックリして、もっとホーミーについて知りたくなりました。

ガナに「ホーミーとは何や? どこで生まれたんや?」と聞くと、遥か西のチャンドマニ村が発祥とされている、と言う。「そこに行ってみたい!」と思い、ウランバートルの市場から出ている地方行きの長距離バスに乗り込みました。車内はギュウギュウ詰めで4人席に8人座るような状態。40時間近くバスに揺られ、みんなで歌を歌い、食べ物を分け合い、すごく特別な旅をしている感覚がありました。

チャンドマニ村に行きたいと言ったら、ホーミーの名人、ダワージャブさんのゲル(遊牧民の宿)に連れて行ってもらえることに。着いたときにはもう夜であたりは暗く、そのままゲルに泊めてもらうことになりました。

ゲルの床に敷物はあるけれど、草原の上に寝転んでいるような感覚。見上げると、天窓から無数の星が見えました。ダワージャブさんの家畜がゲルの横で100頭近く寝ており、ゲップをしたりくしゃみをしたりする音が絶え間なく聞こえてくる。何だかものすごく命に囲まれているような、これまでに感じたことのない不思議な感覚に包まれた夜でした。

そして翌朝、目が覚めてゲルを出ると、一面に草原が広がっており、遥か向こうの湖がキラキラと輝いていました。それを見た瞬間に、「この旅を映画にしよう」と決めました。

長編映画の撮り方なんて知らなかったけれど、1年ほどかけて準備をして、2009年にダワージャブさんの息子さんを主人公に、ホーミーをテーマにした映画『チャンドマニ~モンゴル・ホーミーの源流へ』を製作しました。

海外の音楽と旅をテーマにした映画を3本作ってみようと決めて、この夏3本目となるマダガスカルを舞台にした映画『ヴァタ~箱あるいは体~』が公開になります。この映画は、マダガスカルを舞台に、ある村の男たちが出稼ぎ先で亡くなった女の子の骨を取りに行く、音楽と旅、死生観をテーマにしたドラマになります。
モンゴルの旅から8年、目的を達成していまは解き放たれた感覚があります。これからまた新たな創作を模索していきたいと思っています。

※ホーミー 「喉歌」の意味で、モンゴルの遊牧民に伝承される歌唱法

(構成/尾越まり恵)

『ヴァタ~箱あるいは体~』
2024年8月3日(土)よりユーロスペースほか全国順次ロードショー
監督・脚本・編集:亀井岳
出演:フィ、ラドゥ、アルバン、オンジェニ、レマニンジ、サミー
撮影:小野里昌哉
音楽:高橋琢哉
©FLYING IMAGE
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