近藤 惣一郎

京都大学卒業後、およそ20年間にわたって脳外科医を務めた私は、44歳のとき、美容外科医になることを決意しました。

若き日の私は人の命に直結する職業に憧れがあり、1988年に京大医学部を卒業した後は脳神経科学教室に入局しました。そこで日本ではじめて急性期くも膜下出血の手術を顕微鏡で行った著名な教授の指導を受けました。また、大学院ではくも膜下出血の原因となる脳動脈瘤の研究も行い、博士号を取得。論文執筆や学会での発表にも尽力しました。

その後、脳外科専門医としておよそ20年間活動してきましたが、30代後半、自分という人間をもう一度見直そうと、山間部の病院で地域医療に携わり、そこで訪問診療も経験しました。そして難しい病気を治す、命を救うことだけが医療ではないことに気付き始めたのです。

そんな2006年夏、2人の子どもたちと行ったディズニーシーで人生の転機が訪れました。目の前で華やかな水上ショーが繰り広げられる中、ふとあたりを見渡すと、人々が感動で目を輝かせ、心からの笑顔を見せていたのです。その光景は、私の人生において忘れられないものとなりました。

私たち医師は、病気やケガを医療で治療し、患者さん1人ひとりの笑顔をつくっています。しかし、中には治療が難しく、ときに救えない命もあります。病気やケガに罹患した人々の命を救う脳外科は、もちろん崇高な職業です。しかし病気でなくとも生まれつき、あるいは加齢による変化によって顔や身体に悩みをもった方はたくさんいらっしゃいます。医療の技術で、そんな人々の悩み・コンプレックスを解決することができれば、「病気になった患者さん」という枠を超えて、多くの人々の笑顔をつくり、より豊かな人生を送るサポートができるはず。そう考え、私は美容外科医に転身する決断をしたのです。

当初はゼロからすべてを学ぶ覚悟で大手美容外科に研修医として就業しました。同じ医療とはいっても来院される患者さんの悩みは脳外科とまったく異なります。また、自由診療ゆえの商業的側面に戸惑うこともありました。ただ、数カ月の研修期間の中で、私の美容外科技術はゼロからのスタートではないことに気が付いたのです。

「目の下の切らないクマ・たるみとり」は、いまではインターネット・雑誌・テレビ広告等で、誰もが目にする美容外科手術法となりました。しかしこの手術法は、実は私が 2007年美容外科への転身3カ月後に命名し、大手美容外科ではじめて施術したものなのです。

以降17年間で2万件以上の症例を重ねてきました。また、剥離したフェイスラインの皮膚をもみあげ部分から糸で引き上げ、顔には傷を作らず、側頭部に小切開を設け、側頭骨に固定したチタン性の極小ネジに糸を掛けてリフトアップする若返り小顔術「チタンペックリフト」も開発。これらは脳外科医として諸先輩の教えを受け、同胞と切磋琢磨して身に付けた知識と技術があったからこそできたものでした。

1990年代から 2000年代初頭、私が若き日の脳外科医時代、脳や皮膚への負担・侵襲(体を傷つけること)を最小限に抑えるべく習得したマイクロサージャリー(微小外科)の技術が、質を求める美容医療に活かされることになったのです。その後、2010年に独立し、SOグレイスクリニックを開業。2024年に14周年を迎えました。

美容医療は、単に見た目を変えるだけでなく、人々の心や人生をも変える力を持っています。これからも患者さんの悩みに寄り添い、その人生を豊かにする手助けをすると同時に、利益追求というイメージを払拭し、美容医療の意義を社会に伝えてゆくのが私の使命だと考えています。


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