細野さんショート

美容業界の人手不足を解消するために始めた体験型イベント「美容万博」を、コロナ禍の2021年にも開催すると決めました。

子どもの頃から運動が好きで、高校時代は陸上競技で実業団を目指していました。ところが、18歳のときに交通事故で大けがを負い、その夢は断たれてしまいました。
絶望していたときに、たまたま通りすがった美容室で「美容師募集」の貼り紙を見つけ、美容師になろうと決意。特に憧れがあったわけではなく、「自分にもできるかもしれない」という軽い気持ちからでした。20歳での遅いスタートでしたが、美容学校を卒業し美容師資格を取得。働くうちに美容業界の課題が見えてきたため、33歳で独立して美容室経営を始めました。
美容業界における深刻な課題は、何といっても人手不足です。国家資格が必要なためまず座学の壁に直面します。さらに美容学校に通うためには2年間で250万円もの資金が必要で、その費用を親が渋るパターンも多い。資格取得後、当時は10年ほどの見習い期間があり、技術が身に着くまでの収入は、他の職業の年齢平均より低いんです。この下積み期間に挫折する人もたくさんいます。

この課題を解決するために考えたのが、親子で美容師の仕事を体験できるイベント「美容万博」でした。子どもの頃から習い事のように美容の世界に触れていれば、早い段階からスキルを身に着けられます。低収入の下積み期間を少しでも短くできれば、若手の離職を防ぐことができるのではないか、と考えました。子どもの頃から美容に熱中している姿を見ていれば、親も専門学校の学費を前向きに払ってくれるはずです。

2016年に店舗に親子を呼び込み、第1回の美容万博をスタート。参加費は無料で、店舗の売上から投資しました。その後、年に1回開催し、30人ほどが訪れていましたが、コロナ禍になり、2020年は中止を余儀なくされました。
しかし翌年、2021年になっても、収束する気配はありません。変わらず「不要不急の外出は避けてください」と言われていました。
「今年も美容万博は中止すべきだろうか?」
そうスタッフに尋ねたところ、全員が「開催しないほうがいい」という意見でした。

でも、世の中のイベントがすべて中止されている中で、同じように従うだけでいいのだろうか。私は悩みました。何もしなければ叩かれないのはわかっています。でも、1年目は仕方ないとはいえ、2年目までもこの状況が続くのは異常ではないか。私は自分の感情に従い、美容万博を開催することを決断しました。

「大人の1年と子どもの1年は違う。この1年間、何も思い出を作れなかった子どもたちがたくさんいる。せめて僕らだけは思い出を作ってあげたい」
そう従業員に伝えると、反対する人はいませんでした。

しかし、この状況でただイベントを開催しても、参加者は集まりません。店舗を展開している愛知県の尾張旭市の教育委員会に後援の打診をしてみることにしました。 「ダメでした」と1回目は玉砕して戻ってきたスタッフに「ここからが本番だ!」と言ってもう1回チャレンジしたところ、後援の許可をもらうことができたのです。

自治体後援の後ろ盾を得て告知したところ、イベント当日はなんと350人もの親子が集まってくれました。店内に入りきれず、店舗の前には行列ができました。行政の感染ガイドラインは守っていたものの、これだけの人数が集まれば、「三密」もいいところです。「地域の人からクレームがくるかな」と思いましたが、結果的にネガティブな意見はまったくなく、むしろ「開催してくださってありがとうございました」と参加者からはたくさんの感謝の言葉をいただきました。

2022年以降は協賛企業が増え、資金を得られたことで美容万博の内容をどんどん充実させることができています。毎年リピートして来てくれる子どもたちも増え、実際に美容学校に通い始めた人もいます。イベントに多くの人が集まることで、地域活性にもつながっています。

コロナ禍が明けた後、さまざまなイベントが一気に再開しました。もしそこで同じようにスタートを切っていたら、いまのようにお客様に選ばれることはなかったのではないか。リスクを取ってでも開催して良かったと思っています。
美容師を目指す人を増やすには、美容室1つ1つの質を上げていく必要があります。1社だけではできないことなので、これからは美容室同士が連携しながら業界を変えていくような取り組みに力を入れていきたいと考えています。


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