飯島慶郎

40歳のとき、総合診療医から不登校専門の医師に転身することを決めました。

病弱な幼少期を過ごした影響で、幼稚園に2日通っては3日寝込む生活を送っていました。近所の小児科にたびたびかかることになったため、外来で何でも診てくれることがありがたく、「多くの人に頼りにされる何でも屋としての町医者」に憧れ、将来は医者になりたいと幼稚園の頃からすでに考えていました。子どもの頃から大人びていて、両親や祖父母が笑いながら「昔は子どももいっぱいいたのになぁ」と話していると「人口動態の問題は笑いごとではないのに」と思うような子どもだったのです。

高校卒業後は家からいちばん近かった島根医科大学へ進学。ところが医学は専門が細かく分かれており、内科の中でも臓器別に細分化されています。臓器別の専門医に興味はなく、憧れの町医者とは異なるのだと知ってがっかりしました。心理学を学んだり臨床心理士のもとにカウンセリングに通ったりするうちに、「心理的な援助もできる医師になりたい」と考えるようにもなりました。

診察・手技が豊富な神経内科で2年間の初期研修を修了する頃、三重大学の医学部付属病院で総合診療科ができたことを知りました。総合診療医や家庭医を養成することを目指す理念がまさに自分が目指していたものだと思い、三重大学へ。さまざまな診療科を一通り研修医として学び、7年間の研修医期間を経て大学病院の総合診療科に配属となりました。

そして診療を始めて間もなく、総合診療科に来る患者さんは心療内科的な疾患の方が多いのだということに気が付きました。さまざまな不調を抱えているにも関わらず、他の診療科では「原因不明」「病気ではない」と言われてしまった人、精神的な要因だと考えて精神科を受診して「身体症状があるなら精神科ではない」と言われてしまった人など、総合診療科で不定愁訴(原因不明の心身の不調)に悩むさまざまな人々を診察・治療することに大きなやりがいを見出すようになりました。

研修修了後、島根県内にある公営診療所での勤務を経て、実家の建て替えを機に漢方と西洋医学を組み合わせた統合医療を提供する総合診療医として2018年に出雲飯島クリニックを開業しました。開業してみると今度は子どもの不登校に関する相談が多いことに驚きます。子どものメンタルは精神科や心療内科、小児科では診ることができず、児童精神科という非常に専門性の高い医師しか診ることができないことを知ったのです。

時を同じくして、自身の娘も不登校になってしまったこともあり、クリニックの名称を「不登校/こどもと大人の漢方・心療内科 出雲いいじまクリニック」と変更、全国ではじめての不登校専門クリニックとなりました。

保険診療の環境が変わったことで発達障害に使用していた薬が精神保健指定医でないと処方が困難になったことを受け、2023年よりクリニックの診療を大幅に縮小。精神保健指定医の資格を取得するため水曜と土曜にクリニックで診療し、それ以外の時間は再度大学病院で研修医として研鑽を積む生活を始めました。45歳のときのことです。

不登校は心理的な問題ではなく、背後には精神疾患があります。子どもにも発達障害やうつはあり、不安障害や抑うつ障害の場合は適切に治療すれば治すことができますし、発達障害の場合にも特性を弱めることができます。現在の児童精神医療では薬剤投与を忌避する傾向にありますが、私は積極的な投薬治療は効果的だと考えています。

現在、若手医師向けにミニマム開業のノウハウと不登校診療の知識をパッケージ化した事業を構想中です。事業化を成功させ、私の考えに賛同してくださる医師と連携しながら全国に不登校専門クリニックを増やしていくことで全国30万人といわれている子どもの不登校に向き合っていきたい。1人でも多くの子どもたちが笑顔を取り戻せる社会の実現に向けて、これからも挑戦を続けていきます。


不登校/こどもと大人の漢方・心療内科 出雲いいじまクリニック ホームぺージ

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