
41歳のとき、中小建設会社の公共工事の新規参入を専門に支援する会社を立ち上げました。
小学4年生から塾に通い、県下では有名な中高一貫校に進学したのち、図書館情報大学(現・筑波大学)へ進学。メタルバンドのギタリストとして金髪ロン毛の大学時代を過ごした後、2年留年のすえに何とか卒業し、親のコネクションで印刷会社へ。ルート営業を担当しましたが周囲の大人の死んだような目を見るうちに、このままこの会社で一生を過ごしていいのだろうかと疑問を抱くように。3年が経過する頃、年収1000万円以上も夢じゃないという謳い文句につられて損害保険会社に入社しました。
ところが損害保険の営業ではまったく成績が振るわず、社内のトップセールスの行動を徹底的にまねするように。自分の性格も好みも忘れ、トップセールスの営業トークや営業スキルはもちろん、朝は何を飲むか、どのタイミングでタバコを吸うか、その人の1日をすべてトレースする生活を始めました。すると3カ月も経つ頃には成果が出始め、入社3年で新規獲得収入保険料全国1位を獲得するなど、活躍できるようになりました。
一方で高校時代の同級生と再会する機会があり、彼は高校卒業後に一橋大学に進学、再会当時の年収は4500万円で結婚もしているということでした。自分も損害保険会社で4~5年目になる頃には年収1500万円は稼いでおり、不自由なく生活していましたが、「ちゃんと勉強して逃げずに努力してきた人は10倍以上稼げるんだ」という事実に愕然としました。
そんな中、2009年に自社のトップセールスたちで立ち上げた新会社に役員として入社。そこで、ある日1本の問い合わせ電話を受けました。「公共工事を落札したが、発注者から履行保証を求められており、契約することができない」というのです。実はその会社は年商2億円ほどの会社で今回の受注額は年商に匹敵する大型受注でした。通常公共工事は落札された後、「工期の間に倒産しないか」「最後まで仕事をやり遂げることができるのか」、損害保険会社からお墨付きを得られないと契約に進むことができません。
リスクの高い案件として保険会社をたらいまわしにされていると聞き気の毒に思い、うまく交渉して保険会社の保証を取り付けることに成功しました。この時にすごく感謝されたことをきっかけに、与信・公共工事に興味を抱くようになりました。同時に「もっと深く経営に関わりたい」と感じるようになり、2011年には日本履行保証協会を立ち上げ、保険の手数料ではなく、公共工事のコンサルティングフィーを稼ぐ新事業を1人で立ち上げました。
しばらくすると事業拡大のためにも書籍を出版したいと考えるようになり、出版塾へ。ところが出版の話を代表にしたところ、「小説家にでもなりたいの?」ときょとんとされ、その意義について共感を得ることができませんでした。損害保険会社の役員というのはどこまでいっても個人のスーパープレイヤーの集まりでしかなく、トップ営業が代表に就任しているだけで、組織や経営に真摯に取り組む人たちではないのです。
――これは会社といえるのだろうか? そんな疑念が大きくなっていきました。
私はその後、さまざまなセミナーや勉強会に通って経営や組織マネジメントについて学び、公共工事コンサルティングを主幹事業とするフロンティアマーケティングを2017年に設立しました。結婚して子どもが生まれたタイミングだったこともあり、兼ねてより感じていた疑念を払しょくするためにも、会社の文句を言うだけの言い訳人間でなく自分がどう生きてきたのかを示せる大人になるためにも、自分が可能性を感じているビジネスで起業するという選択が最適解だと考えたのです。
あれから8年。売上は倍々ゲームに伸びており、全国に180社ほどの顧客を抱えるまでに成長することができています。顧客が増えたことで、建材などを扱っている商社との優待価格契約が結ばれるなど、顧客にもパートナー企業にもいい循環ができていると感じます。ある種、業界の常識を覆すような事業でもあるのでハレーションが起きることも想定していますが、今後も自身の信念を貫き、事業を拡大させていきたいと思います。
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著書『日本一ハードルの低い公共工事の始め方』 Amazon
水嶋 拓の建設革命チャンネル YouTube








