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生まれ育った北海道を出て、東京でマーケティングの仕事をする!

地元志向の強い友人や家族の驚きと大反対を押し切って選んだマーケティングの仕事。縁もゆかりもなかった東京への第一歩は、私にとって大きな人生の決断となりました。

大学は地元・北海道で英文学科に通いながら、副専攻としてマーケティング の授業を選択。周囲が英語を生かした旅行代理店やキャビンアテンダントなどを目指す中、昔から油彩や水彩が好きで、「アート×マーケティング」の仕事がしたいと考えていた私は、周囲の驚きをよそに、東京の広告会社を片っ端から当たっていきました。結果、セールスプロモーション企業の内定を獲得。念願かなって上京を果たしました。

セールスプロモーション企業での仕事は、キャンペーンやイベントの運営を手掛ける、とてもやりがいのある仕事。でもグッズ制作やイベント運営の実務、進行管理、宣伝、販促、デザインのディレクションなど担当業務は無限大で、定時という概念は皆無でした。土日は出張、平日は漫画喫茶で1時間仮眠をして夜な夜な入稿作業をする超過酷な日々。労働時間に関する規定もいまほどうるさくなかった時代で、勤務時間が月間200時間を超えることなんてザラでした。体調を崩しながらも3年間その会社で激務に耐え、その後、メディア関連業務を学ぶべく広告代理店に入社。現在は金融業界でマーケティングを担当しています。

20代前半からがむしゃらに働き続けた試行錯誤の日々は、戻りたいかと言われればそうは思えない。でも任される仕事は面白く、過酷な環境で鍛えられた経験は、確かにいまの私を築く礎となりました。今後の人生設計を考えたときに業界を離れることを決意しましたが、健全な働き方を担保しながらも、やはりマーケティングの仕事は続けたかった。いろんなことがあったけれど、この仕事が好き。だからこれからも続けていきたい。新卒で抱いたのと同じ思いを胸に、いまも東京でマーケティングの仕事を続けています。

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