2011年、訪問診療専門に歯科医師になることを決めました。
大学受験では親の期待に応えるべく猛勉強しましたが苦戦し、浪人して私立大学の歯学部に進学しました。大学での成績が認められ、5年生のときには学校の資金で米カリフォルニア大学に短期研修。ゆくゆくは開業医になることを目標に、卒業後は大学が運営する歯科医師臨床研修機関に進み、より高度な技術を学ぶことにしました。「日本トップクラスの歯科医師を育成する」と銘打っている研修機関だけあって、研修はかなり厳しいものでした。歯を削る訓練だけでも、夜中まで何十万回とこなしたと思います。そのほか、インプラントや歯周外科など、最先端の技術を学んでは、みんなの前で成果を発表する日々。自分の無力さに何度も心が折れそうになり、定食屋に行くと、店主にいつも「そんなに落ち込まないで元気を出しなよ」と励まされていました。
多くの研修生たちは2年間で卒業していきますが、まだ学び足りないと思った私は、結果的に6年間残り、ひたすら技術を磨き続けました。人脈も後ろ盾もない自分が、数ある歯科医院との違いを出すためには、腕を磨くしかないと思ったのです。
週に2日は歯科でアルバイトをしながら、開業資金を貯めました。
どのような歯科医院を開業するべきか。浪人してまで歯学部に行かせてくれた両親にも恩返しをしたいと考え、将来を模索していたときに、知り合いの技工士さんの紹介で、訪問診療をしている開業医に話を聞く機会がありました。そこで、高齢化が進み、訪問診療のニーズが伸びていて、国も後押しをしていることを知りました。
困っている人の役に立てる訪問診療に魅力を感じ、2011年に要支援・要介護者らを対象とした訪問診療専門の歯科医師になることを決意します。ところが、周囲からは「認知症や寝たきりの方の診療は大変だから、やめたほうがいい」「せっかく学んできたことを生かせないから、本当にもったいない」と反対の嵐。確かに、訪問診療では、6年かけて学んできた高度な技術を使うシーンはほとんどないかもしれません。それでも、困っている人の役に立てる訪問診療という仕事に、わくわくしたんです。その思いに従うことにしました。
訪問専門にすることで開業費用を抑えることができたのも、お金のない私にはありがたかったです。外来設備の整った医院を構えるとテナントで数千万円、土地から購入すると億のお金が必要なところ、私は家賃3万円のアパートで登記し、訪問診療用の軽自動車と必要な機材のみで開業することができました。
ただ開業月は、たった5人の患者さんからのスタートでした。しかし、訪問歯科診療とは何かを介護事業者さん一人ひとりに説明し、数少ない患者さんにも真摯に向き合って丁寧に治療していたところ、口コミが広まり、半年後には約300人にまで増えました。入れ歯が合わなくて食べられないといった悩みを解決すると、痛みがなくなり、食事が楽しくなります。本人にもご家族にも、ものすごく感謝してもらえるだけでなく、人に対峙している温かさを感じられる仕事だと感じています。
開業から13年が経ち、これまでに延べ7万回以上の訪問診療を手掛けてきました。
「先生、私は気をつけて歯磨きしてきたつもりだけど、なんで入れ歯になっちゃったんだろうね?」
多くの患者さんにそう聞かれました。
一方で、100歳近くても、自分の歯が全部残っている人もいます。その違いは、やはり日々の歯のケアなのです。少しでも長く自分の歯で、おいしい食事ができるようにするにはどのような歯のケアをすればいいのか。これからは訪問歯科の経験から得た情報を発信することにも力を入れていきたいと考えています。
(構成/尾越まり恵)
大学受験では親の期待に応えるべく猛勉強しましたが苦戦し、浪人して私立大学の歯学部に進学しました。大学での成績が認められ、5年生のときには学校の資金で米カリフォルニア大学に短期研修。ゆくゆくは開業医になることを目標に、卒業後は大学が運営する歯科医師臨床研修機関に進み、より高度な技術を学ぶことにしました。「日本トップクラスの歯科医師を育成する」と銘打っている研修機関だけあって、研修はかなり厳しいものでした。歯を削る訓練だけでも、夜中まで何十万回とこなしたと思います。そのほか、インプラントや歯周外科など、最先端の技術を学んでは、みんなの前で成果を発表する日々。自分の無力さに何度も心が折れそうになり、定食屋に行くと、店主にいつも「そんなに落ち込まないで元気を出しなよ」と励まされていました。
多くの研修生たちは2年間で卒業していきますが、まだ学び足りないと思った私は、結果的に6年間残り、ひたすら技術を磨き続けました。人脈も後ろ盾もない自分が、数ある歯科医院との違いを出すためには、腕を磨くしかないと思ったのです。
週に2日は歯科でアルバイトをしながら、開業資金を貯めました。
どのような歯科医院を開業するべきか。浪人してまで歯学部に行かせてくれた両親にも恩返しをしたいと考え、将来を模索していたときに、知り合いの技工士さんの紹介で、訪問診療をしている開業医に話を聞く機会がありました。そこで、高齢化が進み、訪問診療のニーズが伸びていて、国も後押しをしていることを知りました。
困っている人の役に立てる訪問診療に魅力を感じ、2011年に要支援・要介護者らを対象とした訪問診療専門の歯科医師になることを決意します。ところが、周囲からは「認知症や寝たきりの方の診療は大変だから、やめたほうがいい」「せっかく学んできたことを生かせないから、本当にもったいない」と反対の嵐。確かに、訪問診療では、6年かけて学んできた高度な技術を使うシーンはほとんどないかもしれません。それでも、困っている人の役に立てる訪問診療という仕事に、わくわくしたんです。その思いに従うことにしました。
訪問専門にすることで開業費用を抑えることができたのも、お金のない私にはありがたかったです。外来設備の整った医院を構えるとテナントで数千万円、土地から購入すると億のお金が必要なところ、私は家賃3万円のアパートで登記し、訪問診療用の軽自動車と必要な機材のみで開業することができました。
ただ開業月は、たった5人の患者さんからのスタートでした。しかし、訪問歯科診療とは何かを介護事業者さん一人ひとりに説明し、数少ない患者さんにも真摯に向き合って丁寧に治療していたところ、口コミが広まり、半年後には約300人にまで増えました。入れ歯が合わなくて食べられないといった悩みを解決すると、痛みがなくなり、食事が楽しくなります。本人にもご家族にも、ものすごく感謝してもらえるだけでなく、人に対峙している温かさを感じられる仕事だと感じています。
開業から13年が経ち、これまでに延べ7万回以上の訪問診療を手掛けてきました。
「先生、私は気をつけて歯磨きしてきたつもりだけど、なんで入れ歯になっちゃったんだろうね?」
多くの患者さんにそう聞かれました。
一方で、100歳近くても、自分の歯が全部残っている人もいます。その違いは、やはり日々の歯のケアなのです。少しでも長く自分の歯で、おいしい食事ができるようにするにはどのような歯のケアをすればいいのか。これからは訪問歯科の経験から得た情報を発信することにも力を入れていきたいと考えています。
(構成/尾越まり恵)
伊東さいゆう note
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