「何を担当している人」「何ができる人」という明確な何かがなかった自分が、「田中成佳といえば〇〇」と言っていただけるような、そんな自分の居場所を作るために物流業界の大きな大会に応募しようと決めたこと。これが私の決断です。
徳島県生まれで山の中を駆け回りながら育った幼少期。中学からは絵の世界に没頭し、高校卒業後は大阪市内にある絵の専門学校へ進学。ですが、絵の世界で食べていくのは難しいと感じ、一般企業に就職することを決めました。
とある合同企業説明会でいま働いているエーディエフと出会い、「社長自ら説明会に来ているのは珍しいな」と感じて興味を惹かれ、翌日1日体験があるというので行ってみると、プレス、切断、面取りといったアルミ加工の体験ができ、「淡々としながらも自分の中で試行錯誤できる作業工程が自分の好きな絵に似ている!」と感じました。また、その日に飲み会に誘われアットホームな社風を感じたことで入社を決めました。
入社翌年に物流事業部に配属され、営業アシスタントとして上司のサポート業務をスタート。展示会の出展準備や当日の運営など、製品をPRするための幅広い業務を任され、やりがいも感じていましたが、次第に直属の上司との関係に悩むようになりました。
仕事の進め方や私自身の甘さもあり、対応できず次第に体調にも不調が現れるように。ですが、「上司が嫌だから異動させてください」なんて、もちろん会社には言えません。そこで私は、「WEB事業部でECに関わりたいです!」と、やる気を前面に押し出して異動を依頼しました。表向きは前向きなキャリアチェンジに見えたかもしれませんが、実際は逃げの側面が大きかったのです。物流事業部とWEB事業部の掛け持ちをすることになったのですが想像よりも大変で、心にも体にも余裕がなくなっていきました。
さらに、いまの仕事からも逃げるように、会社に隠れて転職活動をしていましたが、「うちより面白い会社はない」「自分じゃなくてもいいのでは?」と転職活動に対して物足りなさを感じるようになりました。私自身、大阪で頑張りたかったので仕事を辞めるわけにもいかず、「いまの会社に残るのであれば必要とされる人間にならないと意味がない」「どうすればそうなれるのか?」と考え始めました。
そのあと、体調的にも精神的にも限界が続き、自分からやりたい!といったのにも関わらず勝手ですが、「WEB事業部を辞めて物流事業部専任に戻りたい」と物流事業部の上司に話したところ、「あなたは何をしている人なん? 今のあなたには何もないやん。落ちるところまで落ちたと思っていまから上がるしかないよ」と。もっともすぎて、電話で話していても涙が溢れて止まらないくらい自分自身の不甲斐なさを感じた瞬間でした。
そんなある日、総務から物流業界の公益社団法人 日本ロジスティクスシステム協会が主催する「ロジスティクス大賞」に申し込んでみたら? とアドバイスをいただきました。ロジスティクス大賞は、ロジスティクスの推進に向けて実績を上げた企業を表彰する制度です。「ダンカーゴ」と呼ばれる当社の組み立て式物流ボックスで応募することを決意。取引先であった合通ロジにCO2排出量削減や作業時間短縮などを「ダンカーゴ」導入前と後で検証してもらい、合通ロジと共同で出願したところ、特別賞を受賞することができました。
約5000文字に及ぶ初の論文執筆、約200名の前での全国大会での初プレゼンテーション。はじめてづくしで緊張しましたが、過去の受賞者の論文を研究するなど、自分で考えながら試行錯誤することは面白く、結果として日立物流などの名だたる会社に並んで特別賞を受賞することができて大きな自信につながりました。かつて厳しい言葉をかけてくれた物流事業部の上司は全国大会の様子に「泣きそうになった」と言ってくれて、認めてもらえたことが本当にうれしかったことをいまでも覚えています。
現在は広報の立場でさまざまな講演会に登壇するなど、あの時の経験を生かして幅広く活動しています。また、社長の勧めで製品カタログ内に登場するダンカーゴのキャラクターデザインを担当させていただき、かつて諦めた絵を描く仕事をするという夢も実現できています。今後はダンカーゴに関する漫画も描いてみたいと思っているので、これからも前向きにいろんなことに挑戦していきたいです。
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