誠先生ショート

27歳のとき、会社員を辞め、ベーシストとして生きていく道を選びました。

福岡県北九州市生まれ。スポーツが好きな少年でした。高校では陸上部で短距離走に打ち込みましたが、足を怪我して、運動ができなくなってしまった。

北九州大学に進学し、「何か文科系のサークルに入ろうかな」と考えたときに、ウッドベース(コントラバス)が弾きたいと思ったんです。吹奏楽かジャズ研究会か迷って、ゆるそうな(笑)ジャズ研 に入部しました。
ベースを選んだのは、低音の響きが心地よく、カッコいいなと思ったから。でも、耳で聴くのと演奏するのとでは全然違う。ジャズのスタンダードナンバーを練習してみたものの、最初はうまく弾けず、正直あまり楽しくなかった。

でも、大学1年生の夏に海外アーティストのライブを見に行って、衝撃を受けたんです。
「……カッコいい!!」
そこから必死に練習するようになりました。どんどんのめり込み、ライブハウスなどで演奏する機会が増えていった。自分ではじめてウッドベースを買ったのは、大学3年生のとき。人前で演奏する最低限のレベルとして選んだベースは40万円。2年間、ローンを払い続けたこの頃には、音楽で生きていきたいと考えていました。

大学卒業後は、音楽活動をしながら働けるようにと、ゲームセンターを運営する会社に契約社員として就職。でも、自分は器用ではないので、仕事と音楽活動の両立は難しかった。音楽活動に専念するため、27歳のときに思い切って仕事を辞めることにしました。

ジャズバーを経営している先輩に相談し、お店で弾かせてもらえることに。続けていくうちに、少しずつコミュニティが広がり、「一緒に演奏しよう」と声をかけてくれる仲間が増えていきました。毎回違うメンバーとセッションして、そのメンバーでしか出せない音が生まれる。演奏前の緊張が吹き飛び、お客様も一緒に楽しめる時間がすごく楽しい。

いまはライブハウスや飲食店で演奏したり、商店街などのイベントに参加したり、ピアニストやシンガーのバックで演奏することもあります。
ベーシストになって12年。特別な才能があるわけでもない自分が音楽で生きていけているのは、シンプルに「好きだから」なのだと思います。練習だけはひたすら続けてきました。陸上部時代、毎日の走り込み練習で身に着いた気合いと根性が、音楽の世界でも生かされています。今後は九州以外にも活動拠点を広げていきたいです。

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