五十嵐慎一郎

北海道西部に位置する積丹半島。2021年、その積丹町にある温泉施設「岬の湯しゃこたん」の再建に取り組むことを決めました。

北海道の小樽市で生まれ、小学生のときに札幌へ。アートや空間デザイン、建物などが好きで、東京大学の建築学科に進学し、卒業後は不動産関連のベンチャー企業に就職。入社2年目からは東京・銀座にコワーキングスペースを立ち上げる新規事業に携わりました。パソコン1台でどこでも仕事ができるようなワークスタイルが徐々に広がりはじめたタイミングでもあり、ローカル(地方)や海外など、場所を問わずビジネスを仕掛けていく同世代の起業家たちと出会い、「自分でもチャレンジしたいな」と思うキッカケとなりました。

――そういえば、いま地元の北海道ってどうなっているんだろう?

会社に在籍したまま、東京と北海道を行き来し、北海道のスタートアップ企業と一緒に札幌への移住を促進するプロジェクトなど、いろいろな企画や情報発信を開始。その後、2016年に会社を辞めて起業し、さまざまな地方の場づくりの企画やプロデュースを手掛けるようになりました。2018年には完全に拠点を札幌に移し、コワーキングスペースやカフェバーを立ち上げていきました。

そんなとき、知人から「積丹半島にある温泉施設『岬の湯しゃこたん』が、再建してくれる民間企業を探しているけど、なかなか見つからないらしいよ」という話を聞きます。
開業は20数年前。積丹町としては悲願となる町営の温泉施設だったのですが、赤字続きで施設も老朽化している。それでも、赤字とはいえ毎年10万人弱が訪れており、町の中では一番の観光資源でした。

「地域の人の憩いの場がなくなるし、観光客も来なくなってしまう。それはもったいない!」と思い、温泉施設の隣でクラフトジンの製造・販売をしている株式会社スピリットの岩井宏文さんとともに株式会社SHAKOTAN GOを立ち上げ、再建にチャレンジすることを決めました。

積丹町は人口1700人の小さな町で、札幌から車で2時間ほどの場所にあり、鉄道でのアクセスはありません。海がきれいで、子どもの頃は毎年のように家族で訪れていた場所です。ウニの名産地で自然の豊かさなどポテンシャルの高い場所であることも、再建に踏み切った理由の1つでした。

いくつかの会社から出資してもらい、まずは老朽化した建物の一部をリノベーション。特にサウナの改修にはこだわりました。準備期間を経て2022年6月にフルオープン。町営の時代は、周辺の民間旅館やホテルの経営を圧迫しないようにと温泉内に宿泊施設は備えていなかったのですが、2024年の春に温泉施設から渡り廊下で移動できる場所に宿泊施設も開業しました。

経営再建に着手して2年強が経ちましたが、想像以上に大変です。まず、建物が老朽化しているので、順番に設備が壊れていくんです。去年の秋には温泉の命綱であるボイラーが壊れました。常に崖っぷちです。
また、ウニのシーズンの7~8月は1日1000人ほどが訪れるものの、冬は数十人と季節によって繁閑差が激しいことも課題です。絶景の海を見ながら温泉に入れることが一番の売りですが、冬はひたすら吹雪いています。ただ、外界と隔離された感覚を味わうには最高です(苦笑)。

去年の冬はボイラーが壊れたこともあり、逆張りの発想で「絶景露天水風呂」と修行のようなことを企画しました。また、真冬の雪中かくれんぼ大会も実施、こんな企画は世界初だと思います。とにかく、できることをやり続けるしかない。経営の難しさに直面している毎日ではありますが、お客さんの数は年々増えています。

東京は最高に楽しいし刺激的だったけれど、自分がやらなくても、他にいくらでも行動に移せる人がいました。地元に戻ってきて思うのは、地方には「これ、誰かやらなきゃダメでしょ」という状況に溢れている。やりがいと言えるほどいいものではなく、ただ自分たちがやるしかないんです。東京の優秀でバイタリティある人がもっともっと地方と関わったらいいのにな、と思いますね。

冬の厳しさを抱える北海道は、日本の地方の中でも課題先端地域と言われています。そんな積丹での温泉施設の再建は、ある意味、世界最先端の挑戦だと思っています。人の手では決して作れない景色、自然の魅力をいかに生かして温泉施設を再建していくか。その挑戦を続けます。

(構成/尾越まり恵)


岬の湯しゃこたん ホームページ

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