加藤まり子さん

イタリア政府公認 フィレンツェ観光ガイド
加藤まり子さん

大手製薬会社でシステム担当として働いていたとき、加藤まり子さんの頭にふとよぎった「トスカーナの風に吹かれたい!」という思い。考え始めると、居ても立っても居られなくなった。1年も経たずに退職を決意し、単身イタリアへ。第1回では、まり子さんの人となりや決断に至るまでの経緯を紹介する。

 歌舞伎の魅力を熱弁したかと思うと、お気に入りのYouTuberについて語る。はやりのテレビドラマも見れば、小説も読む。何かを1度学び始めると、人に教えられるレベルにまで突き詰める。知的好奇心が旺盛で、底知れない教養の持ち主。それが、1年ほどの密着を通して抱いた加藤まり子さんの印象だ。

西洋美術の魅力を解説

 まり子さんは現在、長く携わってきたITコンサルティングやエンジニアの経験を生かし、週に4日、IT企業で働く。敢えて正社員としての働き方を選ばないのは、自由な時間でやりたいことがあるからだ。
 彼女がいま、最も時間をかけて取り組んでいることとは、イタリア公認フィレンツェ観光ガイドとしてイタリア美術の魅力を広めること。定期的にセミナー形式の講義を開催し、美術館で開催中の展示に合わせて、ルネサンス美術、ラファエル前派、ダ・ヴィンチ……といったさまざまなテーマで解説をする。2時間ほどのセミナーの後、希望者とは一緒に美術館を巡り、実際に絵画を鑑賞しながら解説することもある。

 「西洋美術というと、難しいイメージを持つ人が多いかもしれませんが、もっと美術を身近に感じてもらいたいなと思って、セミナーを開催しています。そして、参加してくださった方が、美術に触れることによって、さらに豊かな人生の時間を過ごしてもらえると嬉しいなと思っています」

加藤まり子さん

コロナ禍以降はオンラインや、リアルとのハイブリッドの形でセミナーを実施している


 セミナーの参加者は女性が多く、年代はさまざま。イタリアの美術について詳しく知りたい、あるいは美術館に行く前に基礎的な知識を身に着けたいと考える人がSNSなどを通じてまり子さんのセミナーを知り、受講している。

 2022年11月に開催したのは「誰も知らないフィレンツェ ウフィツィ美術館 オンラインツアー」と題したセミナー。ウフィツィ美術館とは、イタリア・フィレンツェにある、ルネサンス絵画が多く収蔵されている美術館だ。このセミナーには、コロナ禍でなかなかイタリアに旅行に行けないけれど、少しでも現地の雰囲気を味わいたいと考える人たちが参加し、熱心にまり子さんの話に耳を傾けていた。

 セミナーのリピーターだという参加者の女性に話を聞くと、まり子さんのセミナーに参加するようになったきっかけは、数年前に初めて行ったイタリア旅行だったという。

 「もともと、西洋の美術に関心があったわけではありません。イタリアに行く前に少し勉強しておきたいと思い、インターネットで検索し、軽い気持ちで参加しました。
 実際に現地に行き、本物の美術に触れたら楽しくて、もっと知りたくなったんです。それで、帰国後も繰り返しセミナーに参加し、西洋美術の勉強を続けています」(参加女性)

 最近では東京の美術館以外にも、徳島の美術館や京都の寺社仏閣の案内をするなど、活動の幅を広げている。

見方を変えると西洋美術がもっと面白くなる

 数年前に東京のシェアハウスで一緒に暮らしていたという、友人の横尾有紀さんに話を聞いた。

 「私が先にシェアハウスで暮らしていたところに、まりりんが引っ越してきたんです。最初は、ハイソ(ハイソサエティ)なお姉さんが入ってきたな! この雑多な環境で大丈夫かしら、と思っていたのですが、話をしてみると、すごく面白くて、シェアハウスにもすぐに馴染んでいました(笑)」(横尾さん)

 横尾さん自身はもともと西洋美術についてはさほど興味はなかったというが、まり子さんから話を聞くうちに、印象が変わっていったという。

 「西洋美術って難しいイメージがあったんです。でも、あるとき、まりりんがふと、『有紀ちゃん、エロい絵って面白くない?』って言ったんですよ。え、エロい絵って何? って思うじゃないですか。
 例えばイタリアだと、乳房がどんと出ているような女性の裸の絵がたくさんありますが、それはいわゆる『ヌード』と言われるもので、完全な状態なので包み隠す必要がない。赤ちゃんや女神がそれです。これはエロさではない。
 一方で、同じ裸体でも『ネイキッド』という概念があって、それは着衣を脱いだ状態。人間の大人の裸体はこのネイキッドにあたり、“恥ずかしいもの”“破廉恥なもの”を意味するそうです。なるほど、そういう見方ができるんだな、面白いなと。
 美術の先生がまりりんだったら、子どもたちはみんな美術の授業が好きになるだろうなと思いました。私も、まりりんに教えてもらってから、1人で美術館に行くようになったんです。まりりんと出会っていなかったら、たぶんアートのない人生を送っていたんじゃないかなと思います」(横尾さん)

加藤まり子さん

横尾さん(写真左)とまり子さん。シェアハウスを出たあとも、時々ランチやお茶をしながら楽しい時間を過ごしている


 横尾さんにとってのまり子さんの印象は、「紫式部のような人」。
 「賢いし綺麗で、才色兼備とはこのことか! と思いますね」(横尾さん)

 横尾さんには、まり子さんに言われた、忘れられない一言がある。
 「これ、私の人生のテーマにしようと思っている、まりりんの名言なんですが、『仕事と男とお金は、必ず次がある』って。聞いたときにめっちゃいい言葉! と思って、ずっと自分の心の中で大事にしています」(横尾さん)

会社に残って管理職になっても嬉しくない

 京都大学を卒業後、2000年に大阪のIT企業に就職。エンジニアやコンサルティングとして経験を積んだ。2011年には同じく大阪の製薬会社に転職し、システム担当に。仕事は楽しく、やりがいを感じていたが、仕事柄、大きなプロジェクトが始まると多忙を極め、心身の負担も大きかった。

 36歳のある日、まり子さんはふと考えた。
 「こんなところでシステムどうこうやっているんじゃなくて、私は本当は、イタリアのトスカーナの風に吹かれていたいんだ」
 
 前年に旅行で行ったフィレンツェが忘れられなかった。もっと、イタリアのいろいろな地を見て回りたい! とはいえ、お金もかかるし仕事もある。悩んだものの、一度心に生まれてしまった思いをなかったことにはできない。

 忙しい日々の中でも、ずっと頭の片隅にイタリアへの思いがあった。ある日、日帰りで東京出張から大阪に戻り、取引先に指示をした作業の完了を待っている間、インターネットで何気なく「イタリア トスカーナ 滞在費」と検索してみた。
 たくさんの情報がヒットし、「意外と行けそうだな」と思った。それが2014年3月のこと。

 4月にはイタリア語の語学講座の体験講座を受講した。それだけでは物足りず、翌月にはプライベートレッスンを受け始める。

 「イタリアに行きたいなと考え始めたのが36歳で、社会人になって14年目だったんですよ。あと14年経ったら私50歳かぁ……と思って、50歳の自分を想像したときに、例えば部長になっていたとしても、私嬉しくないわ、と思ったんですよね。それで、会社を辞めようと決めました」
 
 7月に退職、9月にはイタリア・フィレンツェの地に降り立った。

(文・尾越まり恵)
プロフィール
加藤まり子
イタリア政府公認 フィレンツェ観光ガイド

1977年、京都生まれ。88年に母親の教育方針のもとイギリスへ、91年にはアメリカに渡り現地の学校に通う。95年に帰国し、翌96年、京都大学に入学。卒業後、2000年に大阪のIT企業に就職。11年からは大阪の製薬会社で働く。その際に「トスカーナの風に吹かれたい!」と考え、14年から17年までをイタリアで過ごす。17年にイタリア政府公認フィレンツェ観光ガイド資格取得。22年、全国通訳案内士取得(英語、イタリア語)。現在は、IT企業で働くかたわら、公認ガイドとしてセミナーを実施、イタリア美術の魅力を伝えている。

Instagram
Twitter


おすすめの記事