尾崎さんショート

推しの死――。
その衝撃的な出来事をきっかけに、「推しは推せるときに推そう」と心に決めました。

あれは1998年、今から約25年前のことです。当時「推し」や「推し活」なんて言葉はいまのように一般化しておらず、ただ私は「ビジュアル系バンドの、いちファン」に過ぎなかったけれど、文字通り寝ても覚めても、X JAPANの曲を聴き続け、hideのことばかり考える毎日でした。当然、これから先も彼のパフォーマンスを見続けられると思っていたし、2度と新しい楽曲に触れられないなんて想像もしていませんでした。

彼の死により、「人はいつか必ず死ぬのだ」という事実を突きつけられました。生身の人間を推すならば、死なないにせよ、解散したり引退したり、その姿をリアルタイムで見られなくなる日は必ずくる。このときから私は「推しは推せる時に推せ」をモットーに生きています。

その後に夢中になったのは、韓国人ボーカルユニットの東方神起でした。しかし彼らの魅力にハマった矢先、5人いたメンバーのうち3人が脱退する事態に。残った2人の活動再開を待ちわびる時間は、推せるときに推さなければという思いを強くしました。

1公演でも多くライブに行きたい。何より韓国人である彼らには兵役義務がある。全国各地だけではなく、海外公演にも行き、彼らの姿をもっと眼に焼き付けたい。そのための財源を増やそうと、仕事を複数掛け持ちして資金作りに励み、体力的に無理をして、「推せるとき」を履き違えた時期もあります。「推し活」は誰かと比べるものではないし、自分のペースでいい。そう気付いたのは、だいぶ後になってからです。

ビジュアル系バンドから始まり、隣国のアーティストを経て、いま推しているのは大相撲。偶然、元横綱・白鵬(現・宮城野親方)に金星をあげた阿炎(あび)関のインタビューを目にした日から、急速にハマりました。誰かを好きになり応援するということは、音楽やスポーツやアニメなど、ジャンルは違ってもまったく同じ。誰のファンであっても遜色なく、多様性を認め合える良い時代になったと感じます。

「推し活」も人生も、いつか終わりがくるものだから、楽しいし、儚いし、夢中になるのかもしれません。「推し」は人生を豊かに彩ってくれる存在です。けれど、コロナ禍で多くのエンターテインメントが影響を受けたとき、これまであまりにも推しに頼り過ぎていたと気づき、自制する気持ちも芽生えました。でも、好きになる気持ちは止められないんですよね。これからも、自分のペースで推しを推せるときに推し続けると思います。

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