藤本葵

父は放射線技師で母は看護師。そんな両親のもとで2歳下の弟の面倒を見ながら育った私は、いつの間にか当然のように小児科医を目指すようになっていました。ところが、まさかの第一志望の医学部受験に失敗。結果、東京医科歯科大学の歯学部へと進学することになりました。幼い頃から描いていた医学部の道を諦める。それは、私にとって人生最初の挫折でした。

すべては努力の足りなさが招いたこと。でも納得したはずの決断の中、ずっと追いかけていた小児科医のイメージをどうしても捨て去ることができなかった。
その未練が尾を引いて何となく選んだ口腔外科では、幼い子どもを持つ父親に余命宣告をしなければならない過酷な日々が続きました。先輩医師たちは「3カ月で慣れる」と言ったけれど、大腸がんでやせ細って亡くなった父の顔がちらついて、どうしても「人の死」を冷静に受け止めることができなかった。

(……向いてないんだな)

ずっとわだかまっていた小児科医への未練が断ち切れた瞬間。考えてみれば、歯科医師は健康な人を相手にし、より健康に、そして豊かな生活を維持するお手伝いができる仕事です。自分にはそのほうがずっと向いていて、私が私らしくありながら、「人を助ける」という本質を捉えてもいる、誇るべき仕事だったんだ――。

「80歳まで、歯を残しましょうね!」

歯科医としてキャリアを積み、2020年、東京都練馬区の小竹向原に小さなデンタルクリニックを開業しました。小さな子どもから高齢の方まで、毎日たくさんの患者さんが訪れます。
辛いことも苦しいことも、もちろんある。経営の難しさだって感じます。そんなときはいつも、お財布に入れた1通の手紙を読み直すことにしています。

――先生、ありがとう。

27歳、臨床実習を経てはじめて歯科医として受けもった2歳の女の子。はじめて会った日に虫歯の痛みで泣き叫んでいたその女の子からもらった1通の手紙が、今も私に力を与えてくれています。



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