社内が難しければ、社外で挑戦しよう
大学院で学び、研究会を立ち上げた
――まずはこれまでのキャリアと現在の業務内容についてお聞かせください。
延原恒平氏(以下、延原氏):私が就職活動をしたときは、ちょうどソフトバンクの孫正義さんやパソナグループの南部靖之さんなど新進気鋭の経営者たちが注目されていた時代で、私も世の中に新しい事業を生み出したいと考えていたんです。ベンチャー企業を中心に応募していたのですが、NTT西日本の採用担当者から、「大企業の巨大インフラを使って新規事業を起こしてみないか」と誘われ、入社を決意しました。
結果的には、中堅・中小企業向けの営業からスタートして20年近く主にマーケティング領域の業務を担当。2024年から現在の経営企画部 中期経営戦略推進室 CX向上グループに所属し、CX(顧客体験)向上の施策に取り組んでいます。業務は大きく2つあり、総務省や消費生活センターに寄せられる声に対して改善策を考える消費者行政の領域の業務と、社内向けにCXに対する理解の向上やCXに取り組む上でのモチベーションアップの施策を考えるインナープロモーションの業務です。正直に言えば、当初は自ら希望した部署ではありませんが、いまでは自分の得意なことで会社や社会に貢献できていることにやりがいを感じています。
――越境活動を始めようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
延原氏:入社して長く携わってきた中堅・中小企業の営業やマーケティング業務は、既存事業を回していく仕事です。私は新規事業創出を目指して入社したのですが、既存事業では新規事業の開発は求められていませんでした。入社5年目くらいになると自分の志向性とのギャップを感じ、「社内が無理なら社外で試してみよう!」と考えるようになりました。ただ、ビジネスをゼロから作り出した経験がなかったので、まずはその力を身に着ける必要がありました。
そこで、2006年から関西学院大学 専門職大学院 経営戦略研究科でMBA(経営学修士)を専攻することにしたんです。会社に報告はしましたが、すべて自費で本業以外の時間を使って勉強しました。かなり忙しかったですが、独身だったこともあり、仕事と大学院の勉強に時間をフルで使うことができたため、1年半で首席修了することができました。
――大学院ではどんな学びを得られたのでしょうか。
延原氏:大学院で一緒に勉強をする人たちの中には、企業の幹部社員や経営者が多くいました。入社6年目の社員が出会うことのできないような方々に経営の実践的な話をたくさん聞くことができたのは非常に大きな経験になったと思います。
また、大学院の教授で「イノベーションのジレンマ」の理論を提唱したクレイトン・クリステンセン教授から直接教えを受けた、玉田俊平太先生と大学院修了後も懇意にさせていただき、2009年に企業や社会でイノベーションを起こすための実践法を研究する「イノベーション研究会」を一緒に立ち上げました。
理論上のイノベーションと企業の現場に乖離があると感じたので、そのギャップを埋めて現場で実践できるためのデザイン思考やシステム思考、エフェクチュエーション(優れた起業家に共通する意思決定プロセス)などが学べる研究会です。これがその後、大学院の科目として採用されたのは越境活動の大きな成果だと思っています。
自分にとっての幸せとは何かを探究する
“Well-beingな”キャリア自律プログラムを提供
――大学院や研究会での学びを本業にどのように生かしていかれたのでしょうか。
延原氏: 自分自身でも研究を実践するために、新規事業を考え、社内のコンテストに応募しました。私が考えたのは、学んだ理論や思考法を活用して個人のWell-being(ウェルビーイング)をデータとして蓄積し、プラットフォームとして流通させる事業です。コンテストで選考が進んだものの、当時まだWell-beingはいまほど知られておらず、事業化には至りませんでした。
当時はかなり落ち込みましたが、その後も本業の既存事業に一生懸命向き合っていました。上司からはいずれ新規事業の部署に異動できると聞いていたので、希望を持っていたんです。でも、2020年に異動を告げられた先はいまのCX向上グループの前身に当たる広報室でした。かなりがっかりして、本気で会社を辞めて独立しようかと考えました。でも、NTT西日本では副業が認められているので、会社に属しながら実際にやってみよう! と思ったんです。Well-beingの事業をブラッシュアップさせて個人事業主としてサービス提供を始めました。
――Well-beingの事業が具体的にどんなものなのか、教えてください。
延原氏:“Well-beingなキャリア”を築くために、自分の幸せや自分軸を発見するプログラムを開発しました。自分が人生において何を大事にしているのか、軸がわからずに転職活動や人生を歩んでいる人が多いんです。キャリア(生き方)を探究するサロン「quest with!」をつくり、コミュニティ開始の2020年からこれまでに会員数が400人弱になりました。ちょうど社会的にも、自分の意志で自分のキャリアを選択していく「キャリア自律」が注目されていたので、サロンに集まった人々との探究活動データを分析し、企業向けの「キャリア自律プログラム」も開発しました。
40~50代になると「ミッドライフクライシス」と呼ばれる状況に陥って、この先の人生やキャリアに悩む人も多くいるため、このプログラムによってその後の人生のヒントをつかんでもらえたらと思っています。また、若手の受講者からも「自分の幸せが何か、この先の人生の糧となるものを見つけることができました」という声をいただくこともあり、誰かの人生の役に立てていることに喜びを感じています。
――起業によってどのような成果を得られたと感じていますか。
延原氏:外部の企業向けに研修していると、「社内でもやってよ」と声をかけていただき、逆輸入のような形でNTT西日本でもキャリア自律に向けたプログラム提供を始めることになりました。ただ、そういったキャリア自律プログラムを提供するポストが社内にはなかったので、本業とは別に社内ダブルワークの形でキャリアデザイン推進室に新たなポストをつくりました。社内での新規事業は叶いませんでしたが、新規ポストはつくることができたので、自分の中では納得できる成果を得られたと思っています。
明確な目標を持って入社したものの希望の業務に就けず、20代半ばは悶々としていました。でも、そこで諦めずに社外で学び、力をつけて複業をした結果、社内でもそのスキルを求められるようになりました。振り返ってみて、社内と社外を行ったり来たりしながら自分のキャリアがつくられていったんだな、と思っています。E-1 グランプリに出場して優秀賞を受賞できたことも嬉しく、ここで20年超の越境活動に一区切りつけられた感覚があります。自分の夢を成仏させることができました。
――ここまで自分自身のキャリアを築けたら、NTT西日本に残って働く必要がなくなる気もします。
延原氏:知り合いに会うとよく「もう独立していると思っていた。なんで会社に残っているの?」と言われます(苦笑)。会社に残っている理由は、率直に恩返しですね。悩みながらも25年間携わってきた本業があったから、いまの自分がある。基盤があったから外でチャレンジができたのは紛れもない事実です。上司や同僚にもたくさん応援していただきました。だから、そんな会社や同僚に恩返しがしたいと思っています。
入社してからの25年間で、会社も大きく変わりました。入社6年目で大学院に通い始めたときは、周りからはかなり不思議な目で見られていましたが、いまは越境活動も少しずつ浸透して、かなり働きやすい環境になったと思います。E-1 グランプリで皆さんのプレゼンを聞きながら「いい会社だな」と思いました。

キャリアデザインについて講演する延原恒平氏。経営企画部 中期経営戦略推進室。2000年に新卒でNTT西日本に入社。2007年に関西学院大学 専門職大学院 経営戦略研究科でMBAを取得。Well-beingなキャリア自律プログラムを生み出し、企業研修やセミナーを実施している。
自ら決断し、キャリアを切り拓けるように
幸せに向かって小さな一歩を踏み出してほしい
――今後、挑戦したいことはどんなことですか。
延原氏:過去の自分と同じように、キャリアに対してモヤモヤしている人がたくさんいるので、社内外にもっとキャリア自律プログラムを広げて、社会に還元していきたいですね。モヤモヤを払拭するためには、自分にとって幸せなキャリアとは何か、幸せな人生とは何かを探究し続けることが大事です。
自分の幸福の軸を見つけてキャリアを切り拓いていける人を増やしたくて、新たに「キャリアジム」という、キャリア版のライザップのような、人生が変わる「探究型キャリア形成」を支援するようなサービスをつくりたいなと思って、いま試行錯誤しているところです。さまざまなキャリアの選択肢を模索して、多様かつ持続的に幸せに働ける形を模索していきたいと思っています。
――越境活動を始めてみたいと考えている人たちにメッセージをお願いします。
延原氏:「わらしべ長者」という昔話がありますよね。貧しい若者が神様に祈願し、手にした1本の藁(わら)からやがてお金持ちになる話です。この物語と同じで、最初は願うことが大事だと思うんです。自分はこのように生きていきたい、と。そして自分の手元にある「Can」というできることの1本の藁を掴んで夢に向かって、一歩を踏み出すんです。最初は自分ができるほんの小さな一歩でいい。ただ、その一歩は自分の幸せに向かって踏み出していることがとても大切です。その方向を間違わずに歩き続けていけば、少しずつ出会う人が増え、一緒にチャレンジし影響範囲も広がり、キャリアがつくられていくのだと思います。
Q.越境活動、ひとこと失敗談
Q. 越境活動で出会ったおもしろいこと、もの、ひと
Q. 越境活動の思い出のひとコマ








