菊田さんショート

23歳のとき、結婚を機に夫の地元である福島県白河市への移住を決めました。

栃木県宇都宮市で生まれ育ち、大学進学で上京。卒業後は一般企業で1年ほど働きましたが、当時の私は、都会への憧れが強く、海外でも働いてみたいと考えていました。大学時代にはアメリカとイギリスでホームステイを経験し、卒業後はオーストラリアで日本語教師の資格も取得。それでも、大学時代から付き合っていた彼と離れることや自分の語学力、海外生活への不安があり、一歩を踏み出すことができずにいました。

そんなとき、長男だった彼が、地元の福島県白河市に帰って就職することに。そして、彼の両親が実家の近くに、私たちが住むための家を建てるという計画を知らされます。私自身は20代前半でまだ若く、明確に結婚を考えていたわけではなかったのですが、これをきっかけに結婚し、白河市に移り住むことを決めました。当時は冗談で「建てちゃった婚」なんて言っていました(笑)。

都会志向だった私にとって、縁もゆかりもない地方都市で暮らすことは、大きな挑戦でした。結婚や移住を彼から強要されたわけではありません。自分の意志で決めたことでしたが、しばらくはこの決断が正しかったのかと思い悩み、もし海外に行っていたら……と後悔することもありました。

しかし、実際に白河で暮らしてみると、義父母との関係も良好で、地元の人たちもとても親切。そして、間もなく2人の娘を授かり、すごく良い環境で子育てをすることができました。子育てを通じてママ友もでき、この土地にどんどんなじんでいきました。

白河で暮らした20年強の間に、公私ともにさまざまな変化がありました。
まず、仕事では義父母が経営する小さな旅館のお手伝いから始めました。その後、自分で興味を持ったリンパケアやタロットなどのワークショップに参加し、学んだことをブログやSNSで発信しているうちに、興味を持ってくれる人とのネットワークができました。

そして、2021年には夫の突然死に直面します。朝いつものように私を見送ってくれた夫と、もう二度と会えなくなるなんて、想像もしていませんでした。
絶望し、2年ほどは何もできずにいたのですが、少しずつ生活を取り戻し、当時書きかけていた書籍の原稿を、再び書き始めました。出版をいちばん応援してくれていたのが、夫だったからです。悲しみの中にいる人に向けてのメッセージを綴り、2024年5月に出版することができました。

いまは高齢の親のケアをするため、次女と暮らしている白河の家と宇都宮の実家を行ったり来たりする、2拠点生活をしています。車なら、高速道路で1時間強、下道でも2時間程度で移動ができます。

宇都宮はほどよく都会で必要なものはだいたい市内で揃いますし、東京へのアクセスが良いのも魅力です。仕事で東京に行ったり、東京から地方に出張したりすることも増えました。
一方で、白河は自然が豊かで地域の人がとてもよく、スキーやテニスなど、アウトドアスポーツが楽しめる場所にも恵まれています。生まれ育った宇都宮、結婚後に長く住んだ白河、どちらにも愛着があります。

若い頃は、都会に憧れがありましたが、白河での暮らしを経験して、地方の良さにも気づくことができました。宇都宮と白河の2拠点生活をしていますが、どちらにも属していない感覚があり、それが心地いいと感じています。いまの自由な暮らしをとても気に入っています。

(構成/尾越まり恵)

菊田アキ YouTube
著書『悲しむひとは、美しい。』 Amazon

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