私の決断は、半導体商社のインサイドセールスから、レース業界へ転身したことです。
母がアイルトン・セナ選手を好きだったこともあり、昔からF1が好きで、番組や雑誌の特集を見る機会がたくさんありました。とはいえ、車好きということもなく、自身は5歳から始めた水泳に熱中していきました。高校では両足にフィンをつけて泳いで速さを競う「フィンスイミング」にも挑戦し、スポーツについてもっと学びたいと高校卒業後は立教大学コミュニティ福祉学部スポーツウェルネス学科へ進学。健康に長く生きるための手段としてのスポーツ、メンタル保全としてのスポーツ、トレーニングがいかにスポーツに生きているのかを分析するなど、コンディショニングに関連するスポーツ分野を学んでいきました。
大学院まで進学して勉強したいと思っていたほどでしたが、大学3年生のタイミングで目当ての教授が研究のために日本を離れてしまうことを知り、大学4年生で通常の就職活動を開始。東日本大震災の際に重要性を感じた物流業界に興味を持ち、日本通運に入社しました。3年半ほど勤務した後、半導体商社に転職。コロナ禍だったことや半導体工場で火災があったことなどを受け、半導体は供給難の時代。忙しい営業のサポートをするコーディネイター職を経て、インサイドセールスに転向しました。
ところで新卒で入社した日本通運では札幌配属だったため、日本ハムファイターズの観戦チケットが配られていて試合を見に行ったり、半導体商社ではFC横浜のスポンサードをしていたためJリーグの試合を見に行ったりと、スポーツは常に身近な存在であり、改めてスポーツの面白さを実感する機会が数多くありました。また、2022年には母と鈴鹿サーキットでF1グランプリも観戦。街中で聞いたらうるさいと感じるエンジン音も、サーキットで聞くとまったく違って聞こえて、純粋に本当にカッコいいのです。生で見るスピードと迫力、命をかけて走るレーサーの姿にひどく感銘を受けました。
これまで「誰かのためになる仕事」という軸で就職活動をして、実際に勤務した2社とも待遇面でも人間関係でも何の不満もありませんでした。ところが30歳を目前に今後のキャリアに漠然とした不安を感じるようにもなっていました。大きな会社の中では仕事をこなすことができるけれど、自身の価値は何なんだろうと疑問を抱き、何の資格もない自分はこれから何か力をつけていかなくてはいけないと思うとともに、どこかでずっと持ち続けてきた「スポーツ業界で働きたい」「スポーツほど情熱をささげられる仕事は他にないのではないか」という気持ちが大きくなっていきました。
そんなとき、F1の記事を眺めていたXで、自動車レーシングチームの運営と管理を手掛けるセルブスジャパンの求人広告が流れてきました。セルブスジャパンが手掛ける自動車レースのスーパーフォーミュラに出場するTGM Grand Prixの動画は洗練されておりかっこよく、YouTubeで何度も見たことがありました。「これだ!」と直感し、すぐに面接を受けに行きました。28歳のときのことでした。
無事に入社が決まり、アシスタントマネージャー兼営業として勤務を開始。レーシングチームの宿泊・食事の手配や備品・スケジュールの管理などを手掛けながら、スポンサー企業の社員さんの観戦アテンドやピットエリアを見学できるピットツアー企画を立案する営業の仕事も担いました。2年目には営業兼広報となり、CPO(最高広報責任者)にも就任。社内外にファンを増やすための広報活動に注力しながら、新規スポンサーの獲得のための営業活動にも力を入れています。
もともと営業職の専属の社員もおらず、手探りの中で続けてきた2年でしたが、新しいことにも挑戦でき、手を挙げたら何でもチャレンジできる環境にあります。以前に比べて自己成長のスピードも速くなり、自分の価値も再発見することができた。本当に転職してよかったなと思います。これからもファンの拡大、認知度の拡大に向けて取り組んでいきたいと思います。
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