nariさんショート

シンガーとして活動していた28歳のとき、乳がんが発覚。手術を経て、再びステージに立ち、音楽で生きていく覚悟を決めました。

親戚がカラオケボックスを営んでいたため、子どもの頃は祖父と一緒によく歌っていました。祖父が歌っていた谷村新司さんの「サライ」や、車の中でよく聞いていたさだまさしさんの曲が、私の音楽のルーツです。

中学校では吹奏楽部に入り、トロンボーンを担当。とても魅力的だった顧問の先生の影響で、音楽の道に進みたいと考えたのですが、母子家庭で経済的に余裕がなかったため、母には言えず、普通科の高校に進学しました。大学では国際協力学を専攻し、高校・大学時代は音楽から離れ、カラオケで歌う程度でした。

就職活動では60社ほど受けましたが全滅。国際支援の仕事に就きたくて、看護師の免許を取るため看護学校に入ったものの、課題をこなせず1年足らずで挫折してしまいます。「自分は何をやってもダメだ」と落ち込み、半年ほど家にひきこもりました。

しばらくして少し気持ちが上向いたときに、社会復帰のつもりで家の近くのボイストレーニングに通い始めました。「カラオケがうまくなりたい」という軽い気持ちでしたが、楽しかったんです。先生に「自分で作曲してみたら?」と提案され、自分の歌を歌うようになると、ますます音楽が楽しくなりました。

「歌で生きていきたい」という気持ちがふつふつと湧いてくるとともに、私は元気を取り戻していきました。そこからはアルバイトを掛け持ちしながらボイストレーニングに通い、ライブハウスでも歌い始めました。その頃出会ったあるアーティストさんに「夕暮れみたいな曲を歌うんだね」と言われたことをきっかけに、「夕暮レシンガーソングライター」と名乗るようになりました。

しかし、音楽活動に力を入れていこうと思っていた矢先の2019年10月、乳がんが発覚します。有名なアーティストの前座の話もあったのに、ライブの予定をすべてキャンセルせざるを得ず、翌2020年1月に手術を受けました。幸い悪性度の高いがんではなく、転移もなかったのですが、「自分はもう死ぬんだ」「せっかくつながった縁も切れてしまった」「歌える場所なんてもうないんだ」と、手術後はずっとふさぎ込んでいました。

そんな私を励ましてくれたのは、中学生のときの自分でした。実家で、10年後の自分に宛てた手紙をたまたま見つけて読んでみると、「音楽はまだ好きですか? 続けていますか?」と書いてあったんです。これまで何1つやり遂げられず、母親に親孝行もできなかった。人生で何か1つだけでもやり遂げてみたい、と思いました。

「自分にできることといえば、音楽しかない。やっぱり歌いたい!」

そう思ったタイミングで、以前歌っていたライブハウスのオーナーさんが「nariちゃん、次はいつ歌える?」と声をかけてくださったんです。
「自分にはまだ歌える場所があるんだ!」
音楽で生きていく覚悟が決まり、2020年7月にステージに復帰。再出発を果たすことができました。

本格的に音楽活動を再開すると、「ある程度大きなホールでワンマンライブをしたい!」という目標を持つように。お金を貯めるために、音楽活動と両立しやすいタクシー運転手の仕事を始めました。そして2024年10月、さいたま芸術劇場で、約200人のお客様の前でワンマンライブが実現! 次なる目標は、憧れのさだまさしさんと共演することです。

病気だけでなく、一生懸命、いまを生きている人たちに寄り添えるような歌を歌っていきたい。つらいとき、大変なときも、私のそばにはずっと、音楽がありました。音楽は不器用な私が唯一、人に与えられるものであり、唯一のコミュニケーション手段です。これまで支えてくれた人、助けてくれた人に、音楽で恩返しをしていきたいと思っています。

(構成/尾越まり恵)

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