谷口監督ショート

2023年、自身で企画から携わるはじめての長編映画『嬉々(きき)な生活』を制作しようと決めました。

大阪生まれ、大阪育ち。1軍でもなければ3軍でもない、ごく普通の子どもでした。映画に興味を持ったのは、大学生になってからです。4歳上の姉の影響で、当時ブームが再燃していたフランスのジャン=リュック・ゴダール監督や香港のウォン・カーウァイ監督などの作品を観て、最初は「何のこっちゃ?」と思いながらも、どんどんハマっていきました。自分がそれまでに見てきたハリウッドの大作とは違う映画の世界を知り、ひたすらミニシアターに通いました。

大学を卒業して大阪の一般企業に就職。しかし、大学時代からずっと持ち続けていた「いつか自分で映画を撮ってみたい」という思いが頭から離れず、通信教育でシナリオを学ぶことにしました。もっと本格的に学んでみたいと思ったものの、これまでに学校というものにあまりいい思い出がなく、最初はスクールに通うことにためらいがありました。でも、よくよく考えてみると、映画を撮る際に必要なノウハウ、スタッフ、機材はすべて学校に行けば揃います。そこで、働きながら専門学校大阪ビジュアルアーツ・アカデミーの夜間部に通ってみることにしました。

いざ学校に入ってみると楽しく、夜になるのが待ち遠しくて仕方なかった。こんなに学校が楽しいと思ったのは、人生ではじめての経験でした。専門学校ではチームで映画を制作し、2年間で4回、監督を務めるチャンスがあります。企画を考えてみんなの前でプレゼンをして、多く票を集めた上位2人だけが監督になれるのです。「よし、4回全部監督をしてやろう!」と気合いを入れてプレゼンをして、4回とも監督を勝ち取ることができました。

そんな専門学校時代に、のちに一緒に制作会社を立ち上げることになる磯部鉄平と出会いました。卒業後、東京に出て助監督として修業を積む道もありましたが、すでに30歳手前になっていたので、磯部と一緒に、それぞれ自主制作で映画を作っていこうと決めました。

そこからは短編を1年に2~3作制作するような生活を送っていました。ところが、3年目くらいから2人ともぷつっと映画を撮らなくなったんです。制作資金やスタッフの問題もありましたが、学校から離れて、普通の生活になじんでしまったのだと思います。もやもやしながら、気持ちが落ちていく。そんな期間が30代半ばまで続きました。

そんな中、先に映画制作を再開したのは磯部でした。映画を撮り始めた磯部の姿を見て、私もまた映画を撮るようになりました。

8年以上のブランクを経て映画の世界に戻ったことで、映画作りの意欲に一気に火がつきました。2019年には会社員を辞め、磯部とともに映像制作プロダクションbelly roll film(ベリーロールフィルム)を設立。日々の中で関心を持ち、無視できないものを書き留めてきたのですが、それらをアイデアの種にして、シナリオを書きました。

そうして生まれたのが、『嬉々の生活』の前身となるストーリーです。しかし、プロデューサーに提案したものの、企画は通りませんでした。でも、自分の中で「撮りたい!」という気持ちに火がついてしまっているので、諦めきれない。どうしたら形にできるだろうか、と考え、もう少しライトに、このストーリーの前段の話をメインに書いてみようと思ったんです。最初は短編の予定でしたが、どんどん筆が走り、長編のシナリオができあがりました。「これはもう、撮れということだな」と覚悟を決め、撮影を本格的に進めることにしました。

『嬉々な生活』では、逆境にくじけない、たくましい女の子の姿を描きたいと思いました。劇場公開に先駆けて、「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2024」で審査員特別賞とSKIPシティアワードのW受賞を達成。さまざまな反応をもらったときに、「この映画を撮って良かったな」と思いました。金銭面をはじめ、この映画を完成させるまでにはいくつもの壁に直面しましたが、多少無理をしなければ得られないものもあると実感しています。

(構成/尾越まり恵)

『嬉々な生活』8月29(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開
監督・脚本:谷口慈彦
出演:西口千百合 川本三吉 渡辺綾子 毛利美緒 石橋優和 竹内大騎 中田彩葉
Ⓒbelly roll film 2025年
公式ホームページ

おすすめの記事