つめトピア 代表 小磯麻有さん

つめトピア 代表 小磯麻有さん

小磯麻有さんは2023年11月、宮城県仙台市を中心に、高齢者を対象にした訪問型の爪切り&爪ケアの事業「つめトピア」をスタートした。爪のケアは医療行為との線引きが難しく、ネイリストの資格だけではできない施術もある。小磯さんは医療機関と連携しながら、高齢者の爪の悩みに寄り添っている。

 小磯麻有さんは宮城県仙台市・名取市を拠点に、ネイリストとして活動する。もともとは女性を対象にしたファッションネイルが中心だったが、2023年11月に高齢者を対象にした訪問型爪切り&爪ケアをする「つめトピア」の事業を立ち上げた。
 つめトピアでは、医療機関と連携して、自分では爪を切ることができない人に対して、爪切りや爪のケアを行う。

 「正しい爪のケアを行うことは健康面でのメリットはもちろん、QOL(生活の質)の向上にも役立ちます。快適に歩ける喜びを感じていただき、健康寿命を延ばすお手伝いをしていきたいと考えています」と小磯さんは説明する。

 寝たきりではなくても、視力や握力の低下によって、自分自身で爪を切ることが難しいケースもある。
 「股関節のトラブルなどで足の爪を切る姿勢をとることが難しく、長く放置してしまうこともあります。これまでに会った高齢者の中には2年以上爪を切っていない人もいました。爪を切ってほしいと頼まれたご家族も、なかなか人の爪を切るのは難しい、と悩まれている方が多いんです」

 若く健康な人であれば基本的に爪は前に伸びるが、歩く機会が少なくなった高齢者の場合、上下に厚みを増したり、乾燥で硬くなったり、後ろに後退して伸びてくるケースもある。爪が変形すると、歩きづらい、靴や靴下が履きづらい、爪が布団に引っ掛かり安眠できないなどの悩みが生まれてしまう。

 つめトピアの依頼者は寝たきりの人もいれば、車椅子の人、ゆっくりなら歩ける人などさまざまだ。
 「爪の状態によっても異なりますが、一般的な爪のカットや角質除去に加えて、巻き爪、変形爪、厚くなった爪、タコ、魚の目なども専用の器具を使って対応しています」

爪のケアで介護の負担を軽減できる

 2024年1月、小磯さんは宮城県多賀城市の齋藤さん宅を訪れた。80歳の齋藤朝江さんは、50歳のときにくも膜下出血によって倒れたという。医師からは寝たきりになると言われたが、車いすに乗れるまでに回復。娘の芳理子(よりこ)さんが30年間、自宅で介護を続けてきた。
 朝江さんはいまは寝たきりで、会話はほぼできない状態だ。芳理子さんからの依頼で、小磯さんは自宅を訪問し、朝江さんの手足の爪のケアを行った。

つめトピア 代表 小磯麻有

80歳の朝江さんの足の爪を丁寧にカットする小磯さん


 芳理子さんは看護師として働いている関係から福祉ネイルについて知り、「ネイルを施された患者さんが笑顔になるのを見て、私の両親にもネイルをしてあげたいなと思ったんです。5~6年前からネイルをお願いするようになりました」と話す。

 福祉ネイルのつながりでつめトピアのサービスを知り、今回はじめて小磯さんに爪のケアを依頼したという。

 「言葉が不自由ながらも、母は『爪(を切ってほしい)』と言います。私はなかなか上手に切ることができないんですよね。爪が伸びていると、靴下に引っ掛かってうまく履かせられないこともあり、時間がかかります。私も仕事をしながら介護をしているので、爪のケアが行き届いていると、スムーズに介護ができて時短にもなるので助かります(齋藤さん)」

つめトピア 代表 小磯麻有

ご自宅に訪問して爪のケアを行う。母親の介護をする芳理子さん(真ん中)は「寝たきりの母を外に連れて行くのは大変なので、訪問はありがたい」と語る。


「ネイリストを養成する講師になる」と決意

 小磯さんは宮城県中部の太平洋沿岸に位置する七ヶ浜町で生まれ育った。地元の中学を卒業後、仙台市の高校へ。親からは安定した職業を望まれ、短大に進んだ後、機械メーカーに就職し営業事務として働いた。
 就職氷河期と言われた時代、不景気の中で当時の上司に「これからは手に職の時代だ」と言われる。「手に職」と言われて思い浮かんだのが、ネイルだった。

 「ちょうどジェルネイルが世の中に出てきた頃でした。ネイルサロンでネイルをしてもらう嬉しさは知っていて、自分自身で試してみたこともありました。もっとうまくなってみたいな、と思ったんです。でも、絵心があったわけでも、手先が器用だったわけでもないので、ネイルの世界に進むことは、親はもちろん、友達にも猛反対されました(苦笑)」

 働きながら初心者向けのネイル講座に通っていたが、本格的に技術を身に着けたいと考え、ネイリスト協会認定のネイルスクールに通うことを決意。会社員との両立は難しかったため、26歳で退職し、ネイルサロンでアルバイトを始めた。

 「でも、初級の講座に通っていたくらいでは、お客様にネイルをすることはできないなとすぐに気づきました。この技術ではやっていけないと思ってすぐに辞めて、1年くらいはネイルスクールの勉強に専念しました」

 仕事を辞める踏ん切りがついたのは、自分自身がネイリストとして技術を習得することに加えて、講師の資格を取得するという目標を持ったからだ。
 「このときにネイルの技術で生きていこうという覚悟を決めました。しっかりした理由がなければ踏ん切りがつかなかったので、こうしてゴールを決めて辞めることは、自分自身が前に踏み出す上でも、お世話になった会社の皆さんに説明するときにも納得してもらえる転職の姿だったと思います」

 ネイルを学ぶにつれ、小磯さんはその奥深さにどんどん引き込まれていった。
 「習ってみたら自分が思っていた以上に難しかったんです。人によって必要なケアもネイルも違うのが面白くて、モデルさん相手にひたすら練習を繰り返しました」

つめトピア 代表 小磯麻有

学び始めてすぐにネイルの奥深さに引き込まれた(写真/本人提供)


 他の趣味や遊びをすべて我慢してネイルに全集中し、2008年に資格試験の最上位であるネイリスト検定1級を取得。百貨店のネイルサロンに就職した。
 働きながら休みの日にネイルスクールに通い続け、結婚、出産を経ながら2013年には講師の資格を取得。有言実行を果たした小磯さんに対して、ようやく反対していた周囲の人たちも理解を示すようになった。

高齢者向けの「福祉ネイル」に魅せられた

 百貨店のネイルサロンを経て独立し、自宅でネイリストとして働きながらネイリストの養成も始めた小磯さんは、ネイリスト向けの専門誌を読み、高齢者に向けて介護施設や病院に訪問してネイルを施す「福祉ネイリスト」という仕事があることを知った。

 「ネイリストになった頃から、高齢者の方にもネイルができたらいいのになという思いがあったんです。高齢者施設などでネイルを施すのはボランティアしかないと思っていたのですが、民間のサービスとしてできることを知り、やってみたいと思いました。アートを極めることにはあまり興味がなかったので、自分が熱中できるのはこの分野だという確信しました」

つめトピア 代表 小磯麻有

「手に職をつけたい」という思いからネイリストへ。6年間ネイルスクールに通い講師の資格を取得した


 2015年、日本福祉ネイリスト協会のカリキュラムを受講して認定講師となり、宮城県内では当時まだ数名しかいなかった福祉ネイリストとして働く傍ら、福祉ネイリストの養成も始めた。

 「これまでのファッションネイルと違って、福祉ネイルではネイルをした経験がない人がほとんどです。『ネイル』ではなく『爪に色を塗る』と言わなければ伝わらない。相手が変わるとこんなに違うんだ、と大きなギャップを感じました」

 福祉ネイリストとして高齢者施設を訪問し、はじめてネイルを施した女性のことを、小磯さんはいまでも鮮明に覚えている。

 「水玉のシャツを着た、すごくかわいらしいおばあちゃんでした。ちょうど夏だったので、花火を描いたんです。『おばあちゃん、できたよ』と言った後、おばあちゃんが爪を見た瞬間、とてもビックリした顔で『へー! こんなになるの!』ってすごい笑顔になったんです。そのときに、めちゃくちゃ楽しい! と思いました。これまでネイリストとして味わったことのない喜びでした」

 そのとき感じたやりがいが、小磯さんが高齢者と向き合い続ける原点になっている。
後編では、8年以上福祉ネイルを続けてきた小磯さんが、もう一歩踏み込んで訪問型の爪切りと爪ケアのつめトピアを立ち上げるに至った経緯を詳しく紹介していく。

(文/尾越まり恵 表記のない写真すべて/呉島大介)
プロフィール
小磯麻有(こいそ・まゆ)
つめトピア 代表

1981年、宮城県七ヶ浜町生まれ。短大を卒業後、機械メーカーに就職し、営業事務として働く。26歳で「手に職」としてネイルの道に進むことを決意。会社を辞めてネイルスクールで1からネイルの技術を学ぶ。6年間スクールに通い、ネイリスト検定1級と講師資格を取得。百貨店のネイルサロンでファッションネイルのネイリストとして働いた後、2015年に福祉ネイルの認定講師となる。福祉ネイリストを養成しながら高齢者にネイルを施す中で足の悩みを知り、2023年11月、訪問型の爪切り・爪ケアサービスの「つめトピア」を立ち上げた。

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つめトピア Instagram


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