上条さんショート

2020年、14年間の結婚生活を卒業。この先も子どもたちの親としての関係は続いていくものの、夫婦関係は解消することを決めました。

社会人2年目に飲み会で知り合った元夫とは、2年ほどの交際を経て24歳で結婚。付き合っていた人に「結婚しよう」と言われたから結婚を決めた。いま振り返れば、何とも受動的だったなぁと思います。

結婚を機に仕事を辞め、2人の子どもを授かりました。ママ友たちとわいわい幼稚園のPTA活動をするなど、育児は楽しかったし、自分でも楽しんでいるつもりでいたのです。
ところが――。
専業主婦生活7年目、下の子どもが2歳になったとき、体調に異変が起こりました。不眠、動機、イライラ、過活動膀胱――。呼吸器内科や泌尿器科で診療を受けた結果、「心療内科に行ってください」と言われ、「育児うつ」と診断されました。

家事や育児に終わりはありません。こだわろうと思えばどこまでも時間を使えます。思えば7年間、自分の時間はほとんどなく、常に「〇〇ちゃんママ」として生きてきました。
「専業主婦だから自分が家事も育児もやらなければ」と思うものの、何もしない夫にイライラしてしまう。「手伝って」と言えばやってくれるけれど、全然主体的に動いてくれない態度に、またイライラ――。一通りのケンカはすべて経験し、夫とはほとんど会話もない、冷戦状態にありました。
それでも、多かれ少なかれ、結婚していればみんなが抱える悩みで、それくらいは我慢すべき事案だと思っていたのです。しかし、メンタルは崩壊寸前のところまできていました。

病院から家に戻った私は夫に伝えました。
「今の私の精神状態は正常ではない。離婚する、しないは子どもの将来にも関わるため、今の状態で判断することはできない。まずは自分を取り戻すためにしばらく別居したい」

私と子どもたちは買ったばかりのマイホームに残り、彼が会社の近くに部屋を借りる形で別居生活がスタート。すぐに下の子が幼稚園に入り、私は仕事を始め、自分1人の時間ができたことで少しずつ元気になっていきました。
また、育児セミナーを受講し、「知識があるだけで育児はこんなに楽になるんだ!」と実感したことから、育児や夫婦のコミュニケーションを伝えるためのNPO法人を立ち上げました。

別居生活が4年ほど過ぎたあたりから、夫との関係も良好に。子どもの行事がなくても家族で一緒に食事に行くようになり、私の自由にさせてくれる夫に感謝すら生まれ、「このまま夫婦関係再構築もアリかも?」と思い始めていました。
しかし、そのタイミングで長女が中学生になって手が離れ、子どもがいない生活がリアルに想像できるようになったのです。

――ちょっと待てよ?

子どもが育った後、夫と2人で暮らす未来。夫はいい人だけど、この先の人生をずっと一緒に生きていきたい人ではない。

この結論が出たために、離婚することを決めました。
夫は驚いていましたが、すでに6年も別居していたので、「あっちゃんがそう言うなら仕方ないね」と私の決断を尊重してくれました。

2020年に離婚届を提出。子どもたちと家を出て、3人の生活が始まりました。いまでも月に2~3回は4人でご飯を食べに行きますし、泊まりで旅行することもあります。子どもたちのことで困ったことや相談事があれば、一番に頼るのは元夫です。ケンカばかりしていた頃や冷戦状態も知っている長女は、「あの頃は本当に嫌だった。いまの関係はいい感じ!」と言っています。

いまの日本の価値観では、関係が良好なら離婚する必要はないと思われるかもしれません。でも、「可もなく不可もなく」な人の隣で過ごす日々の違和感は、心にストレスを蓄積していきます。離婚して新しい部屋で生活を始めた日、心がこれまでに感じたことのないほどスッキリと澄んでいくのを感じました。この先、「ずっとこの人の隣にいたい!」と思える人と出会うチャンスを諦めたくないと思っています。
夫との夫婦関係は卒業しましたが、子どもたちの親という関係性は、この先もずっと続いていきます。
(構成/尾越まり恵)

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