三原光尋

ブルース・リーの代表作、映画『死亡遊戯』を観て、自分は映画監督になるんだと心に決めました。

友達もいない、学校もすぐ休む、運動も苦手。幼少期はそんなパッとしない少年で、クラスの片隅で黙々と「生息」しているような存在でした。女の子に話しかけられることもない地味な自分の唯一の楽しみ、それが映画を観ることだったのです。人生を変えた一作は、中学生のときに観たブルース・リー主演の『死亡遊戯』。当時は「話題作だし見てみるか」と思った程度で、別段ブルース・リーが好きだったわけでも、もっといえばその数年前に伝説的にヒットしたブルース・リーの主演映画『燃えよドラゴン』を観たことすらありませんでした。何となく気が向いて、いつものように映画館に足を運んだだけ。映画好きの少年の日常のひとコマ――、になるはずでした。

土曜日の早朝7時に起床した僕は、8時過ぎの回を鑑賞すべく京都スカラ座へと自転車を走らせました。ところが映画を鑑賞するより前、僕は映画館の入り口で呆然と立ち尽くす羽目になったのです。視界いっぱいに飛び込んできたブルース・リーの等身大パネル。入り口に飾られたブルース・リーのパネルは意外にも小柄で、その隣に飾られた敵役ハキムの巨大な等身大パネルとの対比に僕は驚きを隠せませんでした。

「こんな巨漢相手にブルース・リーは勝てるのか!?」

この瞬間、わくわくとドキドキが止まらなくなったのです。

映画の内容は、まさに圧巻。肉体が躍動し、それを見事なカット割りで表現する緊迫の格闘シーンの連続。敵を1人ずつ倒しながら塔を登り、頂上で待つ大男・ハキムに対峙していくスリルと感動。今のようにCG(コンピュータグラフィックス)もない時代です。帰り際、そのあまりのすばらしさに魂を奪われた僕は、買って帰った映画のパンフレットの中でブルース・リーと肩を組むロバート・クローズ監督の姿に目を奪われました。

「映画には監督という人がいて、その人が映画を作っているんだ。――監督ってかっこいい! 自分も映画を作りたい!」

その後、「ブルース・リーになりたい! アチョー!」とヌンチャクを振り回す同級生を横目に映画雑誌を読み漁り、大阪芸術大学の映像計画学科でスマートに映像の勉強をしている同級生の隣で、映像計画学科に落ちた僕はシナリオの書き方を独学で覚え、毎月既存作のシナリオの書写とオリジナルのシナリオを1本は書くという血のにじむ努力を続けました。映像計画学科にも受からなかった自分が映画監督になるには、人の何千倍もの努力が必要だということをよく知っていたからです。

年が経つにつれ映画業界からどんどん離れていく同級生たちを他所に、「何が何でも、俺はやるぞ!」と、信念でもって自主映画を作り続けた結果、ちらほら審査員の目にも留まるようになり、ついに2004年、『村の写真集』で第8回上海国際映画祭最優秀作品賞を受賞。ようやく「映画監督」を生業にすることができたのでした。

細い細い蜘蛛の糸をたどるようなご縁をたぐり寄せて掴んだ現在地。最新作『高野(たかの)豆腐店の春』のプロデューサー・桝井省志氏とも長い付き合いです。まだ駆け出しで踏んだり蹴ったりだった28歳の頃、映画祭の映写テストで自主映画『燃えよピンポン』を上映させていただいたご縁からいまのお付き合いが始まっています。

人生こんなに面白いものがあるんだということをあの大スクリーンで伝えたくて、僕は作品を撮り続けます。映画の本質は、静かな会話劇もアクション映画も変わりません。僕はいまでも作品の後ろに見え隠れするストーリーの奥底、監督の哲学のようなものを感じ取る瞬間がとても好きです。これからもたくさんの映画を作り続けていきたいですし、いつか、CGを使わない本格カンフー映画を1本は撮ってみたいと思っています。


『高野(たかの)豆腐店の春』8月18日公開
監督・脚本:三原光尋
製作:桝井省志、太田和宏
出演:藤⻯也、麻生久美子、中村久美
企画・製作プロダクション:アルタミラピクチャーズ
配給:東京テアトル
Ⓒ2023『高野豆腐店の春』製作委員会
公式ホームページ


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