横尾さんショート

組織で働くことに疲れてしまい、「人生の夏休み」と称してふらふら過ごしていた31歳のとき、知人から勧められてライティングの仕事をスタート。それをきっかけに、フリーランスに転身しました。

コンサートの企画など、音楽関連のビジネスを学ぶ専門学校を卒業後、コンサート制作会社やレコード会社で働いたものの、どうしても性に合わない。とにかく、週5日、毎朝同じ時間に起きて、同じ場所に通勤することに耐えられないのです。
そんな社会不適合者な私でも20代後半の数年間、楽しく働けたのが、東京・神保町にあるコワーキングスペースの仕事でした。入居希望者に施設を案内し、契約の手続きをしたり、入居者同士の懇親会を企画したりするうちに、入居者さんとどんどん仲良くなりました。
土地柄、そこには大手出版社の仕事を請け負う、フリーのライターや編集者がたくさんいて、「こんな働き方もあるんだな」と、当時の私にはとても新鮮に映りました。

その後も転職を繰り返し、仕事を辞めて少し休んでいたとき、いつものようにふらりと神保町のコワーキングスペースを訪れました。馴染みの入居者さんと話しているうちに、「横尾が暇そうだぞ」「忙しいから手伝ってくれない?」と、あれよあれよという間にライティングの仕事を始めることに。
それまで、文章はブログしか書いたことがありませんでした。最初はグルメ関連の短い記事でしたが、書いては赤字を入れられ、それを修正して、の繰り返し。そこからだんだん長めの記事の仕事もいただけるようになりました。
どれだけ暇そうでも、信用できない人には仕事を依頼しないと思うので、みんな私がコワーキングスペースで働いていた姿を見ていてくれていたのかなと思います。

いまは仕事の幅を広げて、ライティングの仕事もしながら、起業家支援のNPO法人の広報やブランディング、SNSマーケティングなどの仕事を請け負っています。文章1つに特化するよりも、いまの仕事内容が私には向いています。

音楽の業界だけで生きていた時代は、目の前にある壁を突破できず苦しかった。ライターになって、ぐっと世界が広がりました。何より、毎日同じ時間に起きて同じ場所に行かなくていい。所属する会社の思想に合わせる必要もない。私は私の思想で生きていける。フリーランスになって、私はとても気持ちが楽になりました。

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