藤川さんショート

『日経WOMAN』の編集長を5年務めた2023年、新卒から20年以上勤務した日経BPを退職し、自ら出版社を立ち上げることを決めました。

子どもの頃から本が大好きでした。いまでも覚えているのは、『赤毛のアン』や『あしながおじさん』などの物語をオマージュしたお菓子を紹介している『可愛い女(ひと)へ。お菓子の絵本』(鎌倉書房)という大型本。レシピ本でありながら、物語の世界観を再現した写真やイラストなどのビジュアルがとても素敵で、夢中で読みました。

中学時代は、当時マガジンハウスから出版されていたファッション誌『Olive(オリーブ』を愛読。一方で、両親が建築系の仕事をしていたために、家には建築関係の専門雑誌が置いてあり、それもよく眺めていました。
「理系から文系ならいつでも転向できるから、建築に興味があるなら理系に進んだら?」という両親のアドバイスのもと、東京工業大学(現・東京科学大学)に進学し、2年次から建築学科に所属。漠然と建築の仕事を志しながら大学院の修士課程まで進みましたが、設計課題などで圧倒的にインパクトのある作品を創り上げる同級生の姿を見て、自分は建築の世界で究めていくには力が足りない、と考えるようになりました。

一方、もともと文章を書くのが得意で、本や雑誌も好きだったため、出版やマスコミへの就職を模索。日本経済新聞社系列の出版社である日経BPの内定をもらえたことから、同社に就職しました。入社後まず『日経コンストラクション』という土木系の雑誌の編集部に配属され、建設業界向けのウェブサイトの編集部を経て、4年後には希望していた建築雑誌『日経アーキテクチュア』を担当できることに。その後、ライフスタイル系の雑誌を経て2008年に『日経WOMAN』編集部の配属になりました。
『日経WOMAN』は、入社から長く携わっていた建設業界向けの専門媒体と違って読者層が幅広く、知名度も高い。一般の働く女性や著名人に取材をして誌面を制作する毎日は楽しく、長く続けていても、飽きることはありませんでした。

10年経った2018年から編集長になり、毎月の企画から部数まで責任を負う立場に。雑誌がどんどん売れなくなっている時代に、どうすれば読者に手に取ってもらえるかを考えながら、ひたすら試行錯誤する日々でした。
精神的につらかったとき、友人が言ってくれた言葉があります。
「雑誌の売り上げと明日香ちゃんの人としての価値とは関係ないよね」
この言葉でふっとラクになり、重くのしかかっていたプレッシャーが少し軽くなったことを覚えています。

編集長の任期が5年目を迎えた頃、私は48歳になっていました。

――この先もこの仕事をずっと続けていくのだろうか。

50代の生き方を模索していたときにたまたま訪れた書店で『小さな出版社のつくり方』(永江朗著/猿江商會)という本を手に取り、はじめて「ひとり出版社」と言われるような小規模な出版社を営んでいる人がたくさんいることを知りました。
大手出版社だと、初版は3000部以上などの設計で、ある程度の部数の売り上げが見込める書籍でないと、なかなか事業化はできません。でも、自分ひとりで営む出版社であれば、初版1000部・2000部程度の少ない部数で、自分の責任で自由な本づくりができると思いました。そこに魅力を感じたのと同時に、一般的にはリスクと思われるかもしれない「アラフィフ・独身・子どもなし」という自分の境遇が後押しとなり、「自分ひとりで生きていく分にはどうにでもなる!」と思い切れたのです。

退社の意向を上司に伝えて約1年ほど準備したのち、日経BPを退職し、2023年5月に自分1人だけの出版社、月と文社を設立。同年12月に、イラストと装丁にこだわって作った、『東京となかよくなりたくて』を出版しました。1冊目となるこの本は、東京の街を舞台にした50のイラストと短編を収録。各編のストーリー合わせて、昭和~令和のJ-POPから選んだ曲のタイトルをイメージBGMとして掲載し、ほぼ全曲のプレイリストを、YouTube Music、Spotify、Amazon Musicで配信。書籍の帯の折り返しに入れたQRコードからアクセスできる仕様にしました。他にはない、新感覚の本を作ることができたかなと思っています。
2冊目は2024年2月に出版した、5人の女性のインタビュー集『かざらないひと 「私のものさし」で私らしく生きるヒント』。そして2024年12月には3冊目の本として、「こじらせている」という自覚のある男性たちのインタビュー集『こじらせ男子とお茶をする』を出版します。

自分が心から作りたいと思える本を作り、それを手に取ってくれる読者がいる。そのことに大きな喜びを感じています。うまくいかないことも多々ありますが、すべて自分で決めたことなので、ストレスは劇的に減りました。
経済的な不安もありますが、好きなことができていることに大きな満足感を得ながら、いまは新しい道に挑戦して良かったと思っています。

(構成/尾越まり恵)

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