写真による生き方学研究家/医学博士/写真家 石原眞澄さん

写真による生き方学研究家/医学博士/写真家 石原眞澄さん

離婚を機に、スタジオアシスタントとしてカメラの世界に入った石原眞澄さん。前編では、石原さんの生い立ちや写真を撮り始めた経緯を紹介した。アシスタントから独立して写真家として活動した後、写真が心を癒す効果を科学的に検証したいと考え、研究の道に進んだ石原さん。写真とともに生きてきた半生をいまどう受け止めているのか、話を聞いた。

 石原眞澄さんは写真のスタジオアシスタントとして働いた後、34歳でフリーランスのカメラマンに転身した。

 「最初の頃は出版社に営業に行っていました。カメラマンにはそれぞれ得意とするジャンルがありますが、私は『生ものが得意です』とよく言っていましたね。人物や料理の写真を撮ることが多かったです」

 そして、40歳を過ぎた頃から、出版社などから請け負って撮影をするだけではなく、フォトセラピーのワークショップの開催や、自分が伝えたいことを写真で表現して個展を開く写真作家としての活動も並行して行うようになった。

 海外にも興味があったため、文化庁の新進芸術家海外留学派遣制度のスカラシップを獲得して渡米。写真家のリンダ・コナー氏のもとで 1年間、古典技法を学んだ。
 また、「エクスプレッシブ・アートセラピー」の創始者のナタリー・ロジャース氏にフォトセラピーを紹介する機会を得て、交流することができた。

 「アリゾナやユタでソロキャンプをしながらネイティブアメリカンのペトログラフ(岩に刻まれた絵)を大型カメラで撮影するなど、アメリカでの作品作りの日々はとても刺激的でした」と石原さんは振り返る。

大学院で写真と心理学を研究

 写真家になった頃から、写真によって本当の自分を発見し、うつから回復した自身の体験を生かし、悩んでいる人に写真の力で元気になってもらいたいと考えるようになった。2003年に写真集フォトセラピー『光の神話』(誠文堂新光社)、2004年には写真によって自己発見や自己肯定を促す9つのワークを紹介した書籍『9日間で自分が変わるフォトセラピー』(リヨン社)を出版した。

 アメリカから帰国してからは、フォトセラピーについて、より学術的に研究したいと考えるようになる。なぜ、自分のうつが写真を撮ることで治ったのか、その理由を知りたかった。

 そこで、石原さんは48歳で筑波大学大学院に進学する。

 「私がフォトセラピーの書籍を出版した頃は、自分の体験だけで『こうですよ』と言える時代だったのですが、これからはきっともっと科学的根拠が必要になるだろうと思ったんです。筑波大学には社会に貢献する芸術の在り方を研究する『芸術支援学』というジャンルがあり、まさにこれでしょ、と思って受験しました」

 石原さんの研究テーマの柱は「写真」と「心理学」の2つで、アメリカではその両方を学べる大学もあるが、日本にはまだ少ない。筑波大学では3年間、写真による情操教育をメインに芸術学を学び、今度は心理学や脳科学の観点から写真を研究したいと考えた石原さんは、拠点を仙台に移し「脳トレ」の開発者でもある東北大学加齢医学研究所の川島隆太教授の研究室に進学した。

 写真を撮っている際に心理改善が見られた人の脳の活動を研究し博士論文を執筆、医学博士を取得した。卒業後は知人の紹介で鹿児島の病院の精神科に勤務。1年間、臨床の場で開発した写真プログラムを入院患者に実施した。

 その後、愛知県の国立研究開発法人国立長寿医療研究センター(ナショナルセンター)の研究員となり、高齢者を対象に独自に開発した写真プログラムで介入研究を実施し、その効果を実証した。

写真による生き方学研究家/医学博士/写真家 石原眞澄さん

48歳から大学院に進学し、写真による精神健康の研究を深めた


 石原さんが開発したプログラムでは、まずは自分の「好きなもの」を撮ることから始める。「何を撮るかを決める自己決定のプロセスがメンタルヘルスに良い効果をもたらすことが、すでにポジティブ心理学領域で実証されている」と言う。

 次に、1人が撮った写真を、一緒に参加している仲間で鑑賞した後に、これらの写真の中でそれぞれが好きな1枚を選んでもらい、ポジティブなコメントによるディスカッションを行う。

 「プログラムは、オーディエンスの数だけ、写真を通して好きだと言ってもらえる場です。自己肯定感が大事とわかっていても、自分だけで高めていくのは難しいため、他者肯定の体験をすることで、自己肯定感を高めていきます」

 この写真プログラムに、写真の上手、下手は関係ない。

 「技術は撮っているうちに自然と身に付いてきます。それよりも大事なのは、シャッターを切るときの気持ちです。そこに気持ちがこもっていると、見る人にもちゃんと伝わります。いまのところ、写真に気持ちが乗っていることを科学的に証明することはできませんが、私たち人間には「感性」があるので、人の気持ちを察することができるように、目に見えない何かを読み取ることができるんです。ディスカッションの場で、オーディエンスに自分の気持ちを言い当てられるので、参加者はそこで改めて自分の気持ちに気づく体験をすることができます。これが写真を使う重要なところですね」

いまこの瞬間の幸せを感じること

 7年間の研究を経て、2022年にナショナルセンターを退職。2023年には研究の集大成として3冊目となる書籍『「撮る」マインドフルネス』(日本実業出版社)を出版した。最初の書籍を出版してから約20年間、石原さんは研究を続けてきた。

 「日本は芸術分野に関する研究開発にはなかなか協力を得られにくい現状があります。その中でも、たくさんのご縁に恵まれ、非薬物療法領域での医学研究を続けることができました。一定の成果は出せたかなと思っています」

 いまは拠点を福岡県糸島市に移し、講演や自身のプログラムによる写真のワークショップなどを実施している。

写真による生き方学研究家/医学博士/写真家 石原眞澄さん

いまは大好きな自然に囲まれて生活している(写真提供/石原眞澄)


 30歳でカメラを手に取り、写真の道を選んだことを石原さんは「大正解だった」と明言する。

 「写真と出会ったことも、息子の病気も、これまでの1つ1つがすべて偶然ではなかったという気がしています。いいこともあれば苦しいこともあって、生きづらさもたくさん感じたけれど、それがあったから気づけたことがいっぱいあります。
いま私は幸せだし、とっても最高です。これまでのつらいことも悲しいことも悔しいことも楽しいことも、そのすべてがいまの私を作っていると思います。
 だから、いまこの瞬間の幸せを感じることがとても大事なんですよね。いまが良ければ、過去のおかげだと思えますから。幸せないまの 先にある未来も、すごく素敵なものになっていくと思います」

写真による生き方学研究家/医学博士/写真家 石原眞澄さん

写真とともに生きてきた。すべての出会いは偶然ではなかった(写真提供/石原眞澄)


 石原さんは、過去の自分と同じように、うつや自己肯定感が低く悩んでいる人に、写真を使って自分の感情を理解し、心を整える方法を伝えていきたいと考えている。

 「もともと私は自己肯定感が低くて、自分には何もできないと思い込んで生きてきました。そんな自己否定の状態だと心身にも悪い影響が出るし、モチベーションも上がりません。打開したいけれどできない苦しみは、本当によくわかります。
 そういうときは、カメラを持って外に出てみてください。スマートフォンでも構いません。思うままに撮影して、その写真を見てみると、そこから気づくことがたくさんあるのではないかと思います。写真には、あるがままのあなたの気持ちが写っているのですから」

(文/尾越まり恵 特記のない写真/齋藤海月)
プロフィール
石原眞澄(いしはら・ますみ)
写真による生き方学研究家/医学博士/写真家

東京都・世田谷区生まれ。写真で心身ともに回復した経験から、科学的な写真の効果に興味を持つ。東北大学大学院医学系研究科脳機能開発研究分野博士課程修了。国立研究開発法人国立長寿医療研究センターの研究員としてポジティブ心理学にもとづいた独自の写真プログラムの実証研究を開始。高齢者を対象にした研究で気分改善効果を確認し、気分障害やうつ予防、認知症予防への非薬物療法の一選択肢として写真の有効性を実証中。2023年に一般社団法人フォトサイエンス ソサエティを設立。
ホームページ:https://imageworklab.com/


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