佐藤さんショート

57歳で勤めていた会社を退職し、難聴の方でもテレビの音が聞こえやすくなる「ミライスピーカー」を開発しました。

大学を卒業後、IT業界でエンジニアとして働いていましたが、途中から技術者に見切りをつけて、営業に転身します。これは私の天職でした。プロジェクト変更のような気軽な感覚で富士ゼロックスやDell(デル)などいくつかの会社を経験し、管理職も務めました。

50代になり、この先のことを考えていたときに、たまたま音楽療法を専門にする大学教授と出会います。
「老人性難聴の方は、オーディオで音楽を聞いてもよく聞こえないけれど、蓄音機だとよく聞こえるんです」と教授が話すのを聞き、不思議に思い分析してみると、「曲げる」ことがポイントだとわかりました。詳しいメカニズムは解明されていませんが、音を出す部分をラッパのように丸く囲むことで、音が聞こえやすくなるのです。この原理を応用してスピーカーの試作機を作り、補聴器で生活している父に聞かせてみると、本当に「よく聞こえる」と言いました。

――世界でまだ誰も扱っていない技術。これを製品化すれば、困っている多くの方の役に立てるかもしれない。

そう考え、KENWOOD(ケンウッド)の技術者と2人で独立を決意。株式会社サウンドファンを立ち上げたのは、57歳のときでした。

技術の良さが認められ、多くのVC(ベンチャーキャピタル)から億単位の出資を受けることができました。2年後の2015年に「ミライスピーカー」として製品化。個人向けだけでなく、大手航空会社の空港アナウンスにも採用されました。
「このスピーカーを使うと、テレビの音がよく聞こえるようになって人生の楽しみが増えた」という利用者本人からの声だけでなく、一緒に暮らす家族からも、「大ボリュームのうるささに耐える必要がなくなった」と喜ばれました。

自分にとって起業は転職の延長のようなもので、「決断」というほど大きなものではなかったと思います。それでも、自宅を担保に入れて資金調達をしましたので、もしミライスピーカーが形にならなければ一家離散の末路もあったかもしれません。そうならず、この新しい技術を世に出せて良かったと思っています。
社会人として多くの経験を積んできたからこそ、難しい問題に直面しても冷静に対処することができましたし、これまでの人脈にもたくさん助けられました。これが「オトナベンチャー」のメリットだと思います。

ミライスピーカーの開発から数年後、私は一時的に体調を壊してしまったために、会社を後輩に任せることにしました。いまミライスピーカーは小型化され、値段も1台3万円とかなり安くなりました。テレビCMの効果もあり、多くの方に届くようになって嬉しいです。私は直接経営に関わることはありませんが、これからも陰ながら応援していきたいと思います。

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