波多野さんショート

大学3年生のとき、シンガーソングライターとして生きていこう、と決めました。

子どもの頃から歌が好きだった私は、小学5年生のときに合唱団に入団。それが私の歌の原点です。歌で生きていけたらいいな、と漠然と考えていたものの、自分で曲を作ったことはありませんでした。

そんな私が、はじめてギターを手にしたのは、大学1年生のときです。ピアノは幼い頃から習っている人が多いけれど、ギターならいまから始めても間に合うかもしれない、と思ったのです。コードを覚えるところから始め、まずは自分の好きな曲を弾き語りしてインスタグラムに投稿。そこから少しずつ自分で作曲を始め、オリジナル曲もアップするようになりました。

大学3年生になって、同級生たちは就職活動を始めていました。わたしも、当時は音楽で生きていけるとは思っていなかったので、一般企業に就職しようと考えていました。
でも、ちょうどその頃、知人の紹介で、音楽プロデュースをしている方と出会いました。私の歌を聞き、歌手デビューを支援してもらえることになりました。
その方が「菜央ちゃんは中域から低音までの音域がすごくいいから、そこを伸ばしていったらいいんじゃない?」とアドバイスしてくださった。それは、シンガーとしていまでも大事にしています。

その方と出会ってからは、就職することはやめて、音楽で生きていくことだけを考えるようになりました。就職活動を頑張っている友人たちの中で、ひたすら「オリジナル曲を作るぞ!」と音楽に情熱を注ぐ私。いま振り返ってみても、不思議と不安はありませんでした。内定が決まった友達にも心から「おめでとう」と言えました。歌で生きていくことに、わくわくしか感じていなかったんです。
ありがたいことに、家族も私の決断を応援してくれました。「私、就職せんけ(しないから)」と家族に伝えたときに、祖母が「やれるところまで頑張り」と言ってくれたことは忘れません。家族や友人など、身近な人が私を信じてくれたので、不安を感じることなく頑張ることができたのだと思います。

オリジナル曲が完成し、レコーディングスタジオでマイクの前に立った瞬間は、本当に感動しました。

「いま、私はずっと憧れていた場所にいる!」

こうして、オリジナル曲を7曲収録したファーストアルバム「太陽と月」が完成し、2019年1月に歌手デビューを果たすことができました。

デビューしてから今年で7年目になります。これまでに4枚のCDを出すことができ、いまは地元、福岡県北九州市を拠点にライブ活動をするほか、ナレーションやラジオパーソナリティなど、仕事の幅も広がっています。私が歌い続けられているのは、これまで私と出会ってくださったみなさんのおかげだと心から思っています。

今後の目標は、自分の原点となった合唱の曲を作ること。これは、人生の中で必ず成し遂げたいと思っています。
自分が望むことは、きちんと言葉にして発信する。「言霊」はあると信じています。発信することで支援してくれる人に出会えたり、道が広がったりすることを実感してきた6年でした。これからも、嘘をつくことなく、自分の正直な心と向き合っていきたいと思います。

(構成/尾越まり恵)

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